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それから季節は巡って――――再びの春が訪れた。
「えぇ!?ま、マネージャーになる!?」
新しい年度、私が帰国してから二度目の年。
今年も精一杯皆のサポートをしていこうと意気込んでいた矢先の事だった。
「駆…本気なのか?」
「う、ウソだろ!?」
目を丸くさせる祐介と公太が問いかける人物は、気まずそうに笑う。
「何?大袈裟だなぁ。
本気も本気、僕はマネージャーになるよ」
「っ何、で」
「千鶴も二人も見てたでしょ?
僕にはレギュラーになる才能がないって所。だからこれからは裏方に回ろうと思って」
駆が突然"選手を辞めてマネージャーになる"と言い出した。
最初は只の冗談かとも考えたけど、心根の優しい駆が嘘をつくなんてあり得ない。
確かに近頃の彼はどことなく元気がなくて、上の空になるのが多かった。
それは多分、自分の思うようなプレーが出来ていない事に関係してるんだと思う。
本来なら得意である筈の左足が全く使えていない事に……。
「…それは駆がいつまでも“あの事”引きずってるからじゃん!努力する前から諦めてるから!
駆はすごい才覚があるのに、どうしてっ」
「落ち着け、千鶴」
「祐…介」
自虐的な笑みを浮かべる駆に激昂している私の肩を掴んで止めたのは、凛とした祐介の低音だった。
そんな言い方はするなとばかりに向けられた厳しい表情が、そのまま駆を射抜く。
「傑さんは…キャプテンは何て言ってた」
あくまで公正な判断をしようとする祐介の問いに力のない答えが返る。
「“そうか”…って一言。
兄ちゃんも世代別や部活が忙しいみたいだし、見向きもされなかったよ」
僕もとうとう愛想尽かされちゃったかなぁ、なんて矛盾している建前と本音にグツグツと腹の内側が煮えてくる様な気がした。
「違う!傑は駆を大事に思ってるよ!弟としても、ストライカーとしても!」
「千鶴…」
「今ならまだ間に合うから…選手に戻ろう?
傑にも私にも皆にも、駆が必要なの。
簡単に辞められる程、駆にとってサッカーってそんなもの?」
「っ……!」
彼の両腕を掴んで一言ずつ訴えかける。
俯いて一瞬悔しそうに歪んだ眉間が言葉の代わりに答えていた。
けれど、駆はやんわりと私の手を外す。
「千鶴、祐介、公太…」
再び面を上げた先には、切なそうな、申し訳なさそうな笑みが張り付いていた。
「ごめん。もう決めた事なんだ」
武装を辞めた騎士
(もう立ち上がってはくれないの)
―――衝撃の事実を受けた日の夜、お向かいの家の誘いにのる気にもなれず。
自宅で独り言を呟いた。
「何の障害もなくサッカーが出来るのに…って僻むのは私の無い物ねだりなのかな」
ジャージを着てマネージャーの雑用業をしていた従兄弟を思い出しながらパソコンのメールボックスをいじる。
「昔みたいに男女関係なく一緒にやれたら、とは流石に言えないけど…。
どうしよう、君が来る前に夢を諦めた奴がいるよ」
新着メールを開いて綴られた文章に目を通しながら溜め息がこぼれた。
「傑に聞いても今は様子見だって言うしさー…。新年度から波瀾万丈過ぎじゃない?」
唇を突き出して画面に愚痴った所で答えなんかくる訳ない。
数秒文字の羅列とにらめっこした後、もう一度溜め息と共に項垂れた。
「うぅ…。私はどうすればいいんだろ。
早く帰ってきて、奈々…」
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