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『ずっと傑が待ち望んでいたのは、駆の中の騎士なんだよ。他の誰でもない…駆にしか出来ないの』
『お願い…傑の本心を理解して。エリアの騎士は、駆じゃなきゃダメなんだよ…!!』
無理だよ
僕には解らないよ
兄ちゃんの気持ちも、千鶴の言葉も
「傑の部屋にいたのか…。聞いたんだな、心臓のこと…」
「……」
帰宅した僕の様子に感づいた父さんがやってきた。
「伝えなかったのは悪かった。落ち着いてからの方がいいと峰先生に言われてたんだ。
…だからって…お前がなにかを背負う必要はないんだからな」
「……少しひとりにしてくれる?」
ごめん父さん、今は誰の声も聞きたくないんだ
「…わかった」
父さんが出ていって、僕は吸い寄せられるみたいに写真立てを手に取った。
そこに写る昔の僕たちは、とても楽しそうで。
僕も兄ちゃんもセブンも千鶴も、みんな純粋な笑みを向けていた。
あの頃はただただサッカーが大好きだったのに。
兄ちゃん、どうしていないの。
ラストパスってなんだよ。
エリアの騎士ってなんなんだよ。
「兄ちゃん…僕は…どうすれば…」
震える手ごと写真を抱きしめ踞り、返ってくるはずもない問いかけをこぼした。
****
奈々を家まで送った後、重い足取りで帰宅した私はふと部屋に飾ってあるミサンガを見やる。
そこから思い出したのは、私が両親を亡くして塞ぎ込んでいた時に傑がお見舞いにきてくれたこと。
『千鶴、これ』
『?きれいなミサンガ…』
『俺たちで作った。これを身につけてると、切れたときに願いが叶うだろ?
だから、千鶴にやる』
『…何でもいいの…?』
『ああ。…千鶴の願いは?』
『私…日本に、帰りたい…。みんなの…側にっいたい…!』
結局私のお願いは叶ったのかな。
日本には帰れたけど、“みんな”は揃わなかった。
傑がいない世界はひどく不安定で、私は余程彼に依存していたのだと最近気付いた。
「…私より辛いのは駆なのに…」
周りの優しい人達に支えられて大分立ち直ってはきたけれど、ふとした瞬間につい沈んでしまう。
駆の方が乗り越えなければならない壁がたくさんあるのに、いつまでも私がいじけている場合ではない。
「電話、してみようかな」
そう思って手を動かすと、何かの箱に当たってしまい中から紙の束がこぼれ落ちた。
慌ててかき集めると、その紙の正体を見て小さく息を飲む。
「傑の字…」
それは彼がくれた手紙の数々だったのだ。
私がイタリアへ引っ越した時から度々やり取りしていた手紙。
昔から変わらない、丁寧な字面に目を通せば、サッカーの事はもちろん家族や学校の話題など彼らしい思いやり詰まった内容。
そして必ず最後に書いてある一文。
『またお前と一緒にサッカーしたい、その日を楽しみにしてる』
両親がいなくなってからの手紙には、更に付け足されていた。
『俺はいつだって千鶴の傍にいる。お前にはたくさんの仲間がついてるからな』
「…昔から、変わらないねぇ私の従兄は」
笑いながらも涙は止められなくて、読んでいた手紙に滴が滲んだ。
忘れてた
ちゃんとあったんだ
傑が私に遺してくれたものが
こんなにたくさん貰ってたことすら気付かなかったなんて
「馬鹿だな、本当に…」
涙を拭って、そっと手紙を抱き締める。
―――傑、ありがとう
写真の彼を見れば、優しい顔で微笑んでいるような気がして。
私は再び静かに泣いた。
****
「おはよう祐介!」
「お…はよ。千鶴」
翌朝、いつもと逆で祐介を迎えに行ったら凄く驚かれた。
「何さその目は。たまには私の方から来たっていいでしょ」
「いや、……何か良いことでもあったのか?」
不思議そうに尋ねてくる祐介に、大きく頷いて答える。
「うん!あと、何となくだけどこれから起こりそうな予感がするんだ」
「そっか、良かったな」
「…あのね、祐介」
「?」
祐介はいつも、何も言わず傍に居てくれた。
傑がいなくなってから、私はこの幼なじみに随分助けてもらっていたんだ。
「…ありがとう。私ね、祐介が居てくれて本当に良かった」
「な、何だよ急に?」
改めてお礼を告げると、顔を赤らめる彼がおかしくて、悪戯っぽく笑った。
「んーん、なんとなく!
ほら、学校行こうっ」
祐介の手を引いて登校すると、校門で偶然会った駆の表情はどこか決意を固めたようなものに変わっていた。
私達はお互いを目にした瞬間、おんなじ笑顔を向けていた。
「「おはよう、(千鶴/駆)!!」」
思い出と、記憶と、願い事
(全部貴方がくれたもの)
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