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「…さてと、なにから話そうかな」
ブランコに腰掛ける幼馴染み達の正面に立ち、奈々の言葉に耳を傾ける。
…別に奈々の隣に居る駆が羨ましいとか思ってない。
ブランコに乗りたかったとかちっとも思ってないから。
それはさておき、ずっと考えて込んでいた駆は、その言葉を聞いてマシンガンさながらの疑問を発射してきた。
「じゃあ僕から聞いていい!?
セブンはなんでそんなにサッカーうまいの!?
なんで僕がいまだに左が苦手なこと知ってたの!?
なんで夜の公園にあんなマスク被って現れたの!?
なんで僕に勝負仕掛けてきたの!?
てゆーかなんで宇宙人なの!?」
「うっさいわ!質問は一つにしろ!」
「ええー…ち、ちょっと待ってよそんなに一度に聞かれても…」
奈々が呆気にとられていると、駆は彼女が自分に勝負を仕掛けてきた理由を尋ねる。
私は下を、奈々は上を見て暫し口をつぐんだ。
「……傑さんに頼まれたの」
「え!?に……兄ちゃんに?」
そこから奈々は事の始まりを語る。
傑がUー15の代表でメキシコへ赴き奈々と再会した日の話。
傑から聞いていたし、彼女が帰国した時にも同様にして知っていたから駆のように驚きはしない。
俯く私の脳裏には、自然と当時の彼との会話が映し出されていた。
『え!?傑、奈々に会ったの!?』
『ああ、髪も伸びてたし女らしくなってて見違えたよ』
『まぁねまぁね!私の奈々だし!』
『違うだろ。セブンも千鶴に会いたがってたぞ』
『私も早く会いたいよ…っ!ずるい傑!』
『はいはい。もう少しの我慢、な?』
今でも鮮明過ぎるほどに思い出せる傑との記憶。
幸せだったからこそ、大切だったからこそ苦しめる光景。
今日私達が駆を呼んだのは、他でもない心臓の話をするためだ。
傑を錯覚させる駆のプレーに、ずっと考えないようにしていた不安が一気に押し寄せて、胸の辺りをギュッと押さえた。
―――傑じゃない…駆のハズなのに―――
「駆…今日駆がここにサッカーしに来てくれたら伝えようと思ってたことがあるの」
「な…なに?」
奈々の思い詰めたような声音に、私の体がビクッと強張った。
二人の方を向くのは何だか気が引けて、足元の砂利に目を落とす。
「……駆が助かったのは、心臓移植を受けたからなの」
「!」
音がした。
誰かにとっては始まりかもしれない、或いは終わりを告げるものかもしれない。
それでも届いた、音がした。
「…そしてその心臓の提供者は――――――傑さんなのよ」
「…え」
ちらりと盗み見た駆はこちらを捕らえていて、まるで私に真偽を問いかけているみたいだった。
無意識に浮かぶ傑の姿を直視出来なくて、視線をずらしながら頷く。
駆に近寄り膝をついた奈々は、彼の心臓に手を重ね訴える。
「…だから駆忘れないで…
ここに入ってるのは傑さんの心臓だけじゃない。あの人が果たせなかった夢も一緒に詰まってる。
だから駆は決して、サッカーをあきらめたりしちゃダメ!!」
「――――ッッ!」
「駆っ!!」
受け入れるには重すぎる事実に、駆は奈々を振り払って駆け出す。
「………“エリアの騎士”」
「千鶴…?」
私が彼に向けた一言で立ち止まった足。
いつか見た悲壮な背を見つめながら続けた。
「ずっと傑が待ち望んでいたのは、駆の中の騎士なんだよ。他の誰でもない…駆にしか出来ないの」
羨みの気持ちが交ざっているのは分かっていた。
けど今伝えなければ、と思うとどうしても止められない。
「駆も辛い思いしてきたと思う…。でも、それ以上に傑はずっと苦しんでた。なのに傑は駆のためにこんな回りくどいことまでしてた」
悪夢に魘されても、プレッシャーに押し潰されそうになっても。
他人の心配をする大切な従兄の思いやりを無駄にしたくはない。
もう手遅れにはさせたくない。
「お願い…傑の本心を理解して。
エリアの騎士は、駆じゃなきゃダメなんだよ…!!」
祈るように叫んだ声は走り去る後ろ姿に届いただろうか。
ブランコが揺れる金属音だけが虚しく鳴り、残された私達の表情をより暗くさせる。
落ち込む奈々を見ていたくなくて、そっと冷たい両手を握ると弱々しい力で握りかえされた。
「…大丈夫、奈々の選択は正しかったよ」
何も言わず寄りかかって来た彼女の背をゆっくり擦り、何度も“大丈夫”と呟いて明日会う彼が晴れやかであるよう懇願するしかなかった。
ひとつだけ、願うなら
(あなたにあいたい)
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