22



どこもかしこも貴方の面影ばかりだ

























「みんなでお見舞いに行ったあの日に偶然聞いちゃったの…駆に、傑さんの心臓が移植されたって…」

「…黙っててごめんね、奈々」


小さくなって謝ると、彼女はかぶりを振った。


「ううん、いいの。駆はこの事知らないのよね?」

「ん…」

「そう…」


私たちの間に沈黙が漂い、それから私はある決意を彼女に告げた。


「あ、のね!駆、今のままじゃ駄目だと思うん、だ。だから…だからっ」

「千鶴」



ぐっと握った拳に奈々の綺麗な指が触れる。


「何一人で気張ってるのよ。水くさいわね、親友に手伝わせてくれないの?」


悪戯っぽく笑う彼女のおかげで、中々喉からつっかえて出てこなかった思いがスムーズに口を出た。


「…駆をサッカー部に引き戻したい。お願い奈々、力を貸して」


それを聞いた彼女はちょっと虚を突かれた顔をして、すぐさま嬉しそうに破顔する。


「一年以上も待ったわ、その言葉」


感極まって大好きな親友に抱きついたのは言うまでもない。




***


更なる友情を築いた私たちは部活後に鎌倉中央病院を訪れた。
駆の担当医である峰先生の言うことなら聞くだろうと踏んで協力を仰ぎに来たのだ。


先生はあまり良い顔をしていなかったけれど、頼み込んで了承してもらった。


ただ一つ気になるのは、彼女の私に対する謎の視線。事情を説明している時の探るような目は居心地が悪かった。美人だけどね。


以前の不可解な笑みもあって正直彼女への印象はあまりよくない。いや美人なんだけどね。


そんな彼女と駆の会話を心配しながら、彼らの話題に上がった傑をふと思う。






『…傑くんはすごく繊細な子だったわ。いつもプレッシャーに押し潰されそうになってたのよ、彼』

『まさか…兄ちゃんはいつもどんな大舞台でもシレッとして…』

『そう振る舞ってただけ。
大人びてはいたけど15歳の少年が日本中から注目を浴びてジュニアユース代表のエースとして戦ってきたんですもの』



奥の小部屋に身を隠していた私と奈々にも届いた彼女の声に、だんだん表情が曇っていくのが分かる。
隣で気遣ってくれる奈々に曖昧に笑っても、やっぱり心は晴れなかった。



「(もっとしっかり支えてあげられたら…)」


未来は変わっていたのか、なんて不毛な思考はいつまで私を縛るのだろう。






「……あの言い方で良かったかしら?」

「ええ、ありがとうございます。これであの場所に現れるはずです…きっと」



気が付くと駆はもう居なくて、奈々が峰先生にお礼をしていたから慌てて私も頭を下げる。
根回しも済んだので退散しようと踵を返すと、


「あ、待って千鶴ちゃん。少しいいかしら」

「はぁ…」

何故か彼女に呼び止められた。
というかどうして私の名前を知ってるんだ。


「なんでしょうか?」

「きちんと話すのはこれが初めてよね。実は傑くんから度々あなたの事を聞いていたの」

「傑が―――…」


思わず反応すると先生は頷いて続けた。


「人のためには鋭くて一生懸命になれるのに自分のことになるとひどく大雑把な従妹がいるんだってね」

「あ…はははーそうなんデスかー、いやぁお恥ずかしい…」


アイツ人様に何てこと言ってるんだちくしょう!


「それと…随分あなたに助けられてる、ともね」

「あり得ません、むしろ逆ですよ。私が助けられっぱなしでした」


その瞬間私が盛大に怪訝な表情をしたものだから先生は若干ひきつっていた。


「ず、随分きっぱり言うわね…。でも本当よ、信じるかはあなた次第だけど」

「……」

「あなたたちは信頼感がとても強かったから、その分悩むことも多いと思うの。そんな時はいつでもいらっしゃい、相談に乗るわ」

「あ、ありがとうございます」


彼女の善意を袖にする訳にもいかず、しかも優しい物言いにほだされて、いい人だなぁと警戒心を解いた。


しかし、次の台詞により私は再び彼女に疑問を持つ事になる。



「でも悲しまないで千鶴ちゃん。だって傑くんは駆くんの中で息づいているんだもの」

「…峰先生?」


その笑顔は、何を考えているのか全く読めなかった。綺麗に笑っているのに、暖かみが感じられない。

初めてかも知れない、笑顔に嫌悪感を抱いたのは―――


「…行こう、千鶴」

「あ、うん。失礼しました」


奈々が私の腕を引いてくれたので正気に戻り、逃げるようにして部屋を後にする。
そのまま私たちを見送る彼女は最後まで笑みを絶やさなかった。



裏の裏の心模様
(ねぇ先生、でも私にはその笑顔、とても悲しいようにも思えたのです)


- 28 -


[*前] | [次#]




「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -