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そのまま私の隣に腰下ろした駆は言い辛そうに口を開いた。


「…千鶴は僕に何も言わないんだね」

それどころか僕のこと避けてるし。
不満げに呟かれたけれど理由を告げる訳にもいかないのでごめん、と小さく謝る。



「正直私にもよく分からない。まだ自分の気持ちに整理がついてないし…」

「…そっか。僕は千鶴が怒ってるんだと思ってた。…僕が、こんな半端だから」


下を向いて自虐的になる彼と煮え切らない私の相乗効果で空気はどんより重くなる。


「別に―――駆自身の問題なんだから私が口出しするのはお門違いでしょ。それに駆はちゃんと自覚してるし」


意外そうな顔で見てきた彼を真剣に見返せば、駆は立ち上がって彼方のピッチを眺めた。

歯切れ悪く紡がれた言葉に、私は本日何度目かの驚愕を受ける。




「あの事故にあった日にさ、夢を…見たんだ」

「夢?」

「そう。辺り一面霧に囲まれてて、僕は鎌学のユニフォームを着てピッチの上に立っていた。
右サイドには代表姿の兄ちゃんが走ってて…“俺からのラストパスだ”ってボールを蹴って笑いながら靄の中に消えていった」

「………いいなぁ」

「えっ」


想像した光景を思い浮かべて、ふいに口をついたのは羨望。
独り言は隣の人物にも届いてしまっていた。


「だって、駆には傑が託してくれたものが…遺してくれたものがあったじゃんか。
――私には何も…何も、なかった」

「千鶴…」


八つ当たりだと十二分に理解している。
けど、例え夢の中でも傑に会えた駆が羨ましかった。
私も、もう一度傑とサッカーがしたかった、なんて。


幼稚な自分に耐えかねて、勢いをつけ起立して気持ちを切り替えると私は彼に背を向ける。


「今の話を聞いたらなんかな…考えが変わった。
ねぇ駆、パスを受けたらどうするの?」


「……シュートを、決める」


唐突な質問に対して律儀に返ってきた答えに、根っからのストライカーだなぁと不本意ながら笑いがこぼれた。


「ならさ、そのボールはちゃんとゴールに納めなきゃじゃない?」





――それが今の駆にとって辛いことでも。


――きっと駆なら乗り越えられるから。



信頼の眼差しを受けた彼は、目を反らしてこの場を去ろうとする。

私はその後ろから声を投げ掛けた。


「駆、一つ良いこと教えてあげようか。
傑はサッカーのことになると、普段の倍はブラコンになるんだよ。
それに…駆が思ってるほど傑は強くない」

「…ウソだよそんなの」


立ち止まって吐き捨てられた言葉は風に流され、掠れて私に届く。



「いずれ分かる時が来るよ」


苦笑混じりの声が届いたか定かではないが、少しでも悲しい誤解が解ければいいなと願わずにはいられなかった。


「千鶴」

「?奈々、どうかした」

「…話があるの。


駆の心臓のことについて」

剥がれ落ちるピエロのメイク
(遂に時が来てしまったようだ)


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