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『待ってるからな!
みんなでサムライブルーを着ようぜ!』
『うん、もちろん!』
『オレもやりますよっ!』
『私もー!』
『え?美島も?』
『もちろんよ日比野くん。悪い?』
『はいはい!私も!』
『って千鶴もかよ!』
『んだって光一!?私だってサムライブルーに見合うプレーヤーになるんだからね!』
『ははっ頼もしい女子二人に負けてられないよな?日比野、駆』
『僕だって兄ちゃんとワールドカップで優勝するー!』
『か、駆まで…っ
お、オレも!必ずサムライブルーを着て、優勝杯を手に入れます!』
可愛いチームメイト達の眩い目を一人一人確認した青のユニフォームを身にする少年は、心底嬉しそうに笑った。
『よしっ!言ったなお前ら?約束だぞ―――』
その言葉に、向けられた四人の満面の笑みが重なった。
第一話
鎌倉学館中等部のグラウンドは今日も賑わっている。
勿論部活動が活発だ、という点もあるが此処鎌学においてはもう一つ重大な点がある。
「キャァァァ!!傑センパーイ!」
それは羨ましい程の黄色い声援を浴びている人物、逢沢傑の存在だ。
中学生にして日本サッカー界の至宝と称される傑はいつでも注目の的。
そんな彼を間近で拝めるともなれば、女子生徒が放っておくはずもなく、彼の勇姿を一目見ようと放課後のサッカー部は軽くアイドルのコンサート会場になっていると言っても過言ではない。
それでも涼しい顔で華麗に活躍をする兄の姿に、弟の駆は尊敬の念を抱いていた。
「はぁ〜流石傑さんだよな。俺らとは次元が違い過ぎるぜ」
「確かにそうだけど…公太と一緒にされるのはちょっと」
「何っ!?」
「まぁまぁ二人とも…」
今にも祐介に掴みかかりそうな公太を宥めると、駆は紅白戦の最中である兄を見つめた。
同い年の男子の中でも一際異色を放つ彼は14歳とは思えぬ技術でゲームを支配している。
今や世界からも一目置かれている兄を弟は心の底から尊敬していた。
一人、二人と下なんて見もしないドリブルで突破し、最後はキーパーの隙をついて股抜き―――
「ナイッシュ『ナイッシュー傑!!』…へっ?」
見事にゴールを決めた兄に一声掛けようとした駆の言葉は、何者かの声援と被り最後までには至らなかった。
傑の取り巻き達とは違い、凛とした声音は真っ直ぐに透き通り、傑だけではなく駆にも響いた。
驚いて後ろを振り返ると、いつから居たのか私服姿の少女が立っている。
彼女は傑と視線が合うと、花のような愛らしい微笑みを浮かべた。
その光景に周囲の人々は暫し目を奪われたが、少女は気にも止めずに走り出す。
駆や祐介、公太達は首だけで彼女の後をゆっくりと追っていった。
「I haven't seen you for a long time!傑っ」
「久しぶり、千鶴。元気だったか?」
「「「「……えええぇぇぇぇ!?す、傑さん(兄ちゃん)に彼女ォォォォオ!?」」」」
彼女の行動に部員全員が絶叫した。
何故なら、その少女はあろうことか傑に抱きついたのだ。
しかも彼は彼で至って優しい表情をして受け止めるものだから、部員が叫びたくなるのも最もで。
逢沢傑という人物は自他共に認めるサッカー馬鹿。
浮いた話の一つもなければ女に興味を示さないとまで噂される程の堅物として通っている。
だからそんな彼と親しげに話す彼女が何者なのか、皆一様に気になっていた。
「いつ日本に帰ってきたんだ?」
「昨日だよ。入学式には間に合わなかったけど…。
今日は制服を貰いに来たの」
「そっか、じゃあ入学したらサッカー部のマネージャーやってくれるか?」
「うん!むしろやらせて下さい」
「ちょっ!ちょっと待ってよ兄ちゃん!その子一体誰なの!?
ま、まさか彼女…とか…?」
あくまで二人の世界に入る彼らを引き戻す為、動揺する一同を代表して駆が疑問をぶつけた。
しかし当の本人達はキョトンとして顔を見合わせてから肩を震わせ笑い出す。
その様子を頭上に疑問符を浮かべながら見守る駆達は、ようやく謎の答えを知ることになった。
「違うって、覚えてないか?駆。
従妹の千鶴だよ」
「ひど!?駆にとって私は取るに足らない人間だったんだね…(棒読み)」
苦笑いで告げられた真実を頼りに必死で記憶を捜索すると、懐かしき映像が蘇る。
「そんな!え、千鶴って…小四の時に引っ越した?」
代表者の筈の駆までもがローカルな話に加わりかけ、完全に蚊帳の外となったサッカー部員は立ち尽くすばかりであった。
そんな空気にいたたまれなくなった公太は祐介に問いかける。
「逢沢兄弟にあんな可愛い従妹が居たなんてぶったまげたよなぁ?
しかもウチの部に入るみたいだし!」
「……(千鶴?)」
「ん?どした?」
「いや、何でも…」
何やら考え事を始めた祐介に、公太の疑問は増すばかり。
一方、千鶴の事を思い出した駆はそれをダシに彼女にいじられていた。
「毎日の様にサッカーしてたのに忘れるなんて駆のバカ…っ」
「だからごめんってば…。嘘泣きは止めてよ!」
「どうせ奈々で頭がいっぱいだったんでしょー?」
「ちっ違うよ!!セブンはそんなんじゃ…」
すっかり困り果てている駆を追い詰める千鶴に、見かねた傑が助け船を出す。
「こら千鶴、からかうのもそこまでだ」
「はーい。ごめんね駆?つい面白くて」
あっさりと身を引いた彼女は悪戯に成功した幼子の笑顔を作ったが、被害を受けた駆はひどくげんなりした。
空気を切り換えようとしたのか、傑は新たな話題を振る。
「あ、今日家に顔見せに来いよ。父さんと母さん、美都も喜ぶぞ」
内容はこの場にそぐわない微妙なものだったのだが、そうは思わない彼らは普通に会話を進めていく。
「そうしたいのは山々だけど…まだ荷物が残ってるし。また今度にさせてもらうね。
明日から学校に通うからよろしく!」
「道分かるか?なんなら送っていくけど。駆が」
「大丈夫だって!傑は過保護だなぁー」
「何で僕を巻き込んでるのさ二人とも!?」
「あっはは!じゃ、私はもう行くね」
またまたローカルな話に移行するかと思いきや、彼女は足早に去ろうとする素振りを見せた。
最後に部を率いるキャプテンの元へ行き、礼儀正しく頭を下げる。
「貴重な部活動の時間にお邪魔をしてしまって本当にすみませんでした」
そう丁寧に詫びられては強く言うことも出来ず、キャプテンは頷いて短く返事をした。
顔を上げた彼女は、駆達の方に笑顔を向ける。
「また明日ね、傑、駆!
皆さんご迷惑をお掛けしました。失礼します」
もう一度礼をして部員の間を通り抜けようと足を進めた時。
「…ちぃ、だよな…?」
初対面の彼女の腕を掴んで引き留めたのは、今まで大人しかった祐介だった。
思いもよらぬ人物の干渉に千鶴までもが驚いて祐介を見ている。
しかし彼女が驚いたのはそれだけではないらしく、彼が呼んだ名前に強く反応したようだ。
そして信じられない、と言う様に小さく呟いた。
「もしかして、…祐介……?」
質問だけで十分に確認出来た二人の男女はお互いに固まったままで動かない。
最早お決まりになってきた、駆が代表として問う。
「えーと…何で知り合いなの?」
現実に引き戻された千鶴はハッとして大勢の視線に向き直った。
「あ、よく話してたじゃん。私が引っ越す前のお向かいさん。
ちなみにこれからもお向かいさんだったり…」
鎌学にやってきた再びの春―――
とんでもない事になりそうだと予感した逢沢駆13歳の初春だった。
出来すぎたオーバーチュア
○
ヒロインが言った英語は『久し振り』
オーバーチュアは『序曲』と言う意味です。
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