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いつの間にか寝てしまっていたらしい私が目覚めたのは自分のベッドの中だった。

階下から物音が聞こえたのでガバッと飛び起き、急いで下へ降りる。


玄関先には相変わらずのだるそうな後ろ姿があり、私の足音を聞いてため息を吐きながら振り返った。


「まだ五時前だぞ。年寄りかお前…。体調はどうだ?」


憎まれ口を叩いても額に触れるごつごつの手はとても優しく暖かい。
思わず口元が緩んだ。


「もう大丈夫。それより……もう、行くの?」

「ああ。途中で抜けてきちまったからな」


戻って来いってどやされちまった、とやる気無さげに頭を掻いた日本サッカー協会監督。
そんな肩書きを持つ彼を黙って見上げると、やはり訝しまれた。





「…んだよ」

「いや、ちゃんと仕事してたんだなぁと…」

「ナメてんのかクソガキ」

「だって職業と風貌が全く合わな…アタタタタ」




生意気だとばかりにつむじを押されるが、私じゃなくても思うはずだ。
ていうか下痢!下痢になるからつむじ止めて!



「ふん、サッカー馬鹿もいいが手前の自己管理はしろよ。じゃあな」

「っねぇ」


こんな早くに出るなら昨日もっと起きてれば良かった、と密かに自責の念に陥る。
あとちょっとだけ一緒に居たいという気持ちから上着の裾を引いて引き留めるけど言葉が浮かばない。



―――どうしよう、何て言えば、むしろ何か言わなきゃ…









「……おい」


ポム、と頭部に重さがかかる。

そのままたっぷり間を空けた後、その人は呟いた。


「…出来る限り、メールする。電話も。

仕事が落ち着いたら直ぐに帰ってくっから…そんな顔すんな」



ガシガシもみくちゃにされた髪を直すことも忘れて見上げると、おっさんは穏やかな微笑みを張り付けていた。



「―――あ、ありが」

「おっ。そうそう、そのバカ面がお前には一番似合ってるぞ」

「…っ返せーーーっ!私の感動返せぇぇぇぇぇ!」



一度上がっていた敬意は一気に下降し、怒りを露にする私を歯牙にもかけず不敵に笑うこのオヤジ。
そして出発しようとする背に向けてお返しに言い放った。



「わ、私も電話とメールするから!下らないこととか逐一連絡してやる!」

「そん時は酒の肴にしてやるよ」




「い、いってらっしゃい!
……ぃ、一青さんっ」

「!!」



目を見開いて驚きを表す彼に一矢報いることが出来たようだ。
恥ずかしいけど頑張った甲斐はあった。


してやったりな表情で彼を見れば、悔しそうに、歯痒そうにしていて妙な満足感を得た。






「ふん…留守は任せたぞ。
せいぜいぶっ倒れないようにな、千鶴」



諦めたのか目を細め困ったように笑うその雰囲気は、何故か一瞬お父さんと被って見えた。


まだ先の『おかえりなさい』がとても待ち遠しくなったある日の早朝の話。


寄り
(ゆっくりゆっくり)




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