18
家に帰ると意外な人のお出迎えにあった。
「よぉ。早かったじゃねぇか」
「……何でいるのおっさん」
感情のままに大泣きした次の日――――。
痛みは完全に消えてはいない。
けどずっと抱えてた重みは和らいだ感じがする。
肩の力を抜いたせいか、その反動で風邪気味になった私は大事をとって部活を休むことに。
…正確には帰らされたのだが。
奈々は腫れぼった私の目を見て少し悲しそうな顔をしたけれど、何も言わずに私を帰宅へ促した。
(納得いっていなさそうな感じは否めない)
そうしていつもより早く家に着いた私をびっくりさせたのが冒頭である。
「何でいるってお前、自分の家にいちゃ悪ぃのか」
「い、いや別に…え?てか帰ってくるなら連絡してよ」
「……軽いサプライズ?」
「知るか私に聞くな!お茶目なギャップは風呂場だけにしろおっさん!絶対適当に考えたろ今!?
どうせ忘れてただけのくせに!」
戸惑いながらの質問に突っ込まざるを得ない珍解答をかましたソファーにふんぞり返るこのオヤジ――――桜井一青は私の後見人だ。
父と旧知の仲だったらしい彼に引き取られて一年以上経つが、こうして家で顔を合わせるのはすごく久し振りな気がする。
というのもこのオヤジ、いい歳した仕事中毒であるためほとんど家に寄りつかないのだ。
だからこのおっさんが後見人というのを知っている人は殆どいない。
…あんまりこの人の仕事は知らないけど。
「うるっせぇガキが口答えすんな」
「なんだと…!」
気だるそうに私の言い分を流す彼にむかっ腹が立ち、詰め寄ろうとしたが―――
「心身共に疲弊仕切ってるのに無理してんなっつってんだバカ野郎」
「あでっ」
反論よりも早く、立ち上がった彼にデコピンされたことによりそれは叶わなかった。
でも言葉の内容が内容だけに今度は言い返せなくて。
私はただ険しい表情の保護者を見る。
「…えっと…」
「悪かったな」
衝撃に目が点となった。
言葉も発せないままおでこを押さえ俯く。
「お前が一番辛い時に居てやれなくて、本当にすまなかった。
…俺は、いつも手遅れだな」
自嘲気味に吐き出された後悔のようなそれは、冷たいフローリングにゆっくり落ちていった。
「今まで仕事にかまけてた俺に言える資格があるとは思ってねぇが…」
下を見ていた私には頭に乗っかってきた手の感触しか分からない。
けれどとても暖かいものだった。
「お前を引き取った時から一生お前の面倒みる覚悟は出来てんだ。ちったぁ俺にも頼れや。迷惑かけるとかんな馬鹿らしい遠慮すんな」
彼と私には距離があった。
今にして思えば親密になるのを恐れた自己防衛だったのかもしれない。
もう、大事な人をつくらない為に。
あの頃は壁なくして人と接するのが怖くて、彼も何も言わなかったからいつしか定着化した長くも短くもない距離。
時間が経てば経つほど距離を埋めるのは難しくて、きっと私は彼の重荷だったのだ、と。
そう思い込んで必死に自分を正当化してしまった。
だからこの距離が、壁が無くなるとは思っていなかったのに―――。
“家族だろ”
その一言、たった五文字が、私の涙腺という堤防をいとも容易く決壊させた。
同時にあの距離も、壁も。
最近泣きすぎだなぁと頭では思っていても体は思考に背き、嗚咽が漏れ始める。
幼なじみとは違った安心感が私を包んで胸の辺りからジンと広がっていき、逃げないように胸を押さえた。
「よく頑張ったな…千鶴」
不器用な人だと思っていたけれどこんな時に見せる優しさはやっぱり大人で、頼もしい存在は不安定な心をひどく落ち着かせてくれる。
(近付いて、いいんだよね。家族なんだもん)
豪快に頭を撫で、弓なりに形づくられた彼の珍しい笑みを見て、頬を濡らしながらもそっと歩み寄った。
「今日のおっさんかっこよく見えて気持ち悪いね。
いつになく優しいし」
「…言ってろ。今日だけだ」
「ふふ…ありがと」
ガーネットに込められた
(想いを君は知っているかい)
−−−−
ガーネット石には“心を豊かにし、大切な人との絆を深める”という意味があるそうです。
- 23 -
[*前] | [次#]