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ずっと頼って欲しいと願ってきた彼女が自分の元で弱音を見せてくれたのは、皮肉にも彼女の一番大切な人がいなくなった時だった。


『傑さんは、事故にあって死んだ。いないんだよ、お前が求めてる傑さんはもういないんだ!』



我ながらひどい言い様だったと思う。


以前駆から、両親が亡くなった千鶴の支えになったのは傑さんだと聞いた。

その存在の大きさは一体どれだけなのか計り知れない。


千鶴にとっての傑さんは、意義も、価値も他人とは全然違うから。


だからこそ泣くのを我慢してほしくなかった。




これは俺の勝手なエゴ。

この世の全てに絶望したような、表情から色を無くした彼女を見たくなかったエゴイストの我が儘に過ぎない。




「そんな単純なことまで俺の前で我慢するな」

「…ぅ…っ」



細められた目から大粒の涙が溢れ始める。
俺は小さな体を壊してしまわないよう慎重に包んだ。


「す…るっ傑…!うぁぁぁぁあ…っ」


幼子がするみたいに泣き叫ぶ千鶴を、ただ受け止めて支えながら思う。
昔の彼女だってこんな風に泣かなかったはずだ、と。




不謹慎なのは分かっているけど、必死に縋りつく彼女の心を占めている人物が羨ましいと感じた。




いつしか俺と彼女の間に出来ていた決して浅くはない溝。
傑さんと彼女だけが共有することを許されたその溝の向こう側は、俺にとっては忌々しいものでしかなくて。



俺はそっちに行けないけれど、今なら彼女は自分を見てくれる。


そんなずるくて汚い気持ちが隅っこから出てきて、少し俺を動かそうとした。





けど、




『良く頑張ったな、絶妙なパスだったぞ祐介』


脳裏をよぎったのは、いつも俺を奮い立たせてくれた、憧れで尊敬する目標の人で。

サッカーを心から好きになれたきっかけをくれた人で。



あの人を憎むなんて芸当、到底できっこないのも事実で。



(本当、ずるい人達だ)




俺もまた、傑さんがいなくなった喪失感に打ちのめされている一人だった。





せめて傑さんが、傑さんじゃなければ良かった。



そうすればこんなにも苦しむことはなかったのに。




「っく…ゆ、すけぇ…」


「千鶴…?」




不意に腕の中の存在が身動いだので拘束を緩めると、彼女は涙でぐしゃぐしゃになった顔をそのままに、泣きすぎて枯れた声で言った。



「あ、ありが…っとぅ…」



再び顔を俺の胸に埋め泣きじゃくる彼女をそっと擦ると、知らぬ内に頬を何か熱いものが一筋伝う。
それは彼女が流しているものと同じ。





俺は傑さんになれないけど。



側に居させてくれるか?



お前がもし俺を拠り所にしてくれるのなら、




絶対お前を置いていったりしないから。



この日俺は、目の前の彼女と遠い空のあの人に誓った。



(あなたを思い出しても泣かないよう)





彼女が掴んだ涙まみれのシャツには固い皺がいくつも刻まれていた。



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