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『14歳男性交通外傷!!
意識レベルJCS100!!鉄パイプが胸部を貫通しています!!』
『こちらは頭部からの大量出血!!』
『挿管急げ!!』
目の前で慌ただしく過ぎていく場景は、まるで一昔前の映画を鑑賞しているみたいだった。
色が、音が消えて
静寂だけが支配する病院の待ち合い室で、私と奈々は身を寄せ合っていた。
「母さんこっちだ!!」
その沈黙を破ったのはドタドタという二つの足音と焦燥に満ちた姿。
顔を上げればその二人は今手術を受けている彼らの両親で、反応の遅れた私より奈々が先に立つ。
「あ…あの、駆くんたちのお父さんとお母さんですよね」
「キミは?」
「セブンですよ、おじさん。昔傑たちと同じチームだった」
「千鶴ちゃん!それから奈々ちゃんね!」
おじさんの問いかけに口を挟むと、二人は私の登場に驚いてから、納得の表情を浮かべた。
「二人は…傑と駆は…!?」
「そ…それが…」
「…今、集中治療室に」
何を言えばいいのか分からず居場所だけ告げると、おばさんは血相を変えて私の肩を掴む。
優しい彼女からは想像つかない位掴まれた箇所が痛い。
「大丈夫なんでしょ?命に別状があるわけじゃないんでしょ!?ねぇ!!」
「母さん…ともかく病院の先生のところに行こう!!」
泣き出すおばさんを慰めながらもおじさんの声は覇気がなく、押し黙ってその背を見送った。
顔を覆って崩れてしまった奈々を立たせると、今度は複数の走る音が乾いた廊下から地鳴りが響く。
「千鶴!美島さん!」
「国松さん!中塚くん!佐伯くん!」
振り返れば連絡を受けたサッカー部員達が肩で息をして深刻な表情を滲ませている。
みんなは一斉に私達へと向かってきた。
「二人の容体は!?」
「出血がひどいなら俺のを使ってくれ!同じ血液型なんだ」
「オレもO型だからいくらでも!」
「落ち着けみんな!!」
チームメイトを案じるあまり冷静さを失う部員達を国松さんが一喝するけど、それでも不安感が拭える訳ではない。
だってあの時、一瞬でも目に焼き付いて離れないものを見てしまった。
「大丈夫だよ。傑は日本サッカーの至宝なんだぞ。こんなところでどうにかなったりするもんか」
「そ…そうっスよね、それに駆のヤツだってそんなキャラじゃ…」
「でも…でも私見ちゃったの…。傑さん血まみれでぴくりとも動かなくて…。
か、駆なんか、む…胸から…」
涙ながらに話す彼女はその光景を思い出してしまったのか、フラッと気を失ってしまう。
そっと支えて目尻の雫を拭いてやった。
「…千鶴、お前も座って休め」
「祐介、」
「手、震えてる」
祐介に触れられて初めて自分が震えていることに気付く。
促されて椅子に腰掛けると、私の手も彼の手も氷みたいに冷えていた。
****
部員達は多すぎるために学校へ帰されたけど、私は親戚というのもあり、代表として病院に残った。
奈々が心配だが祐介がフォローしてくれると思う。
おじさんやおばさんと一緒に彼らの帰りをひたすら待った。
午後三時を回っても手術中の文字はは赤々しく点いたまま。
静かな空間におばさんのすすり泣きが響いている。
この扉を隔てた向こう側には会いたかった傑がいるのに。
どうしてまだ会えないの?
今朝、駆と話し合いするって言ったばかりじゃん。
傑、傑傑すぐるすぐるすぐる――――!
祈るように目を瞑る。
すると手術室の自動ドアが開き、執刀医が現れた。
「せ…先生」
「どうなんですか?二人は…」
「大丈夫ですよね、助かるんですよね!!」
おばさん達の必死な様子にも、先生は口を結んだ状態。
私は前にもこんな経験をしたことがある。
(そんな、まさか、)
「…落ち着いて聞いてください。お父さんお母さん」
「「え」」
「手を尽くしましたがまことに残念ながら、お兄さんの傑くんはたった今…
脳死状態に陥りました」
(ああ、嘘だと言って)
心臓はまた激しい痛みを訴えるけれど、私の頭は嫌に冷静さを保ち、先生の言葉を冷静に聞いていた。
「の……脳死?」
「脳死って…」
これ程までに外れて欲しい確信が今まであっただろうか。
全身から血が引いていき、立っているのかさえ分からない。
(あんたまで私を置いていくの)
「…お気の毒ですが…
亡くなられたということです」
行方知れずのキング
(駆…受け取れ。俺からのラストパスだ)
(待ってよ兄ちゃん、兄ちゃん――――)
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