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「…で、駆が女子マネにしばかれちゃって」
「アイツもやられ損だな…」
帰り道、祐介と他愛もない話をする。
ご近所で同じ部活だから自然と登下校を共にしているけど、今日の彼はいつもと違う感じだ。
「祐介?今日元気ないね、どうかした?」
「……」
疑問に思ったので聞いてみても、相手は無言。
…何なんだ、最近私の周りは黙る奴が多すぎないか。
それから人の目をちゃんと見ろコノヤロウ。
「おーいゆーすけー。私バカだから言葉にしてくれなきゃ分かんないよ」
会話のキャッチボールを行うべく自分から投げ掛けると、彼はゆっくりと返答してくれた。
のだが。
「お前、昨日どこ行ってた」
「は?傑ん家だけど」
「……………………はぁ」
「だから何なの何その呆れた視線!」
傑が私に向けるのと同じ目をする祐介に噛みつくが、全くの効果無し。
最近の祐介ってますます傑に似てきたような…。
「何でもない。ほら、家着いたぞ」
「う…」
そんなこんなで家の前に到着して、彼の本心は分からず仕舞いのまま背中を押され玄関に入る。
いまいち煮え切らない私は不満な顔を貼りつけるけれど、祐介は私の頭を一撫でして自宅へ帰ってしまった。
「…変なヤツ」
****
その後食材探しと称した買い出しで再び外出した私が目にしたのは、自主練帰りの従兄様であった。
「あ」
「げっ…」
「千鶴…だから夜に一人で出掛けんなって言っ」
「あーあーごめん!だって閉店間際スゴい安いの!
家計に優しいの!
でも今度は傑の帰りと鉢合わせないよう上手くやるよ!」
「お前な…」
長そうなお説教を避けたいが為に一息で言った言い訳が功を制したのか、彼は口を閉じて項垂れる。
口元が軽くひくついているのなんて気にしないぞ。
「まぁ今どうしても必要な物じゃないから今日は大人しく帰るよ」
「…なぁ、千鶴」
「ん?」
項垂れた傑の声は、静かに低かった。
「俺は、明日もサッカーが出来るかな」
「――――すぐ…っ」
骨が軋む程強く抱き締められ、彼の心の奥底を垣間見る。
暗く暗く深い闇に傑が呑まれていくのが怖かった。
こんなに近くても何故か遠くに感じて……
「…千鶴」
「なにバカ言ってるの傑。
明日も明後日もずっと先も、出来るに決まってるでしょ」
恐怖心を振り捨てる様に彼を抱き締め返した。
震える体を力の限り支え、大丈夫、と何度も呟く。
「約束忘れたの?みんなでサムライブルー着て優勝するんでしょ。その時に傑がいなきゃ意味ないじゃん!」
私の言葉にハッとした彼は暫くこちらを見、自身も負けじと見つめ返したら、急に子供のような笑顔を溢した。
それは本当に無邪気なもので、一瞬だけ昔の頃を錯覚させたのだ。
「そっか…そうだよな。
俺たちの夢だもんな…」
“俺たちの夢”
一文字ずつ噛み締めるように口にした言葉は、何か特別な響きをもたらしてくれる。
「ありがとう、千鶴。
もう平気だから」
落ち着いた囁きで柔らかく髪を触れてくる彼。
空元気なのは分かっているけれど、私では彼の不安を完全に取り除けないのも解っている。
「(やっぱり駆を何とかしないと、か…)」
現在傑の悩みの大半を占めている人物もまた、同じように傑のことで悩んでいるのだから面倒極まりない。
でも、また昔みたいに戻れるなら。
戻れるなら、私は何だってするよ。
「―――っし!ここはこの千鶴さんが一肌脱いでやろうじゃないですか!」
「びっくりした…なんだよ急に」
みなぎらせたやる気を口にしたら傑には声が大き過ぎたらしく驚かれたが、流して彼と向き合う。
「傑、私に任せといて!」
「目的語が抜けてるぞ。……でもまぁ気持ちは受け取っておくな」
サンキュ、と唇で弧を作った彼は再び私を引き寄せ腕の中に押し込めた。
突然で予想していなかった意外な行動に、呼吸とは違う感じで心臓が跳ねる。
「す、傑?どうしたの…」
「……さぁ?」
そう笑う傑の肩口に顔を埋めている私へ震動が伝わって、連動するように鼓動が高まっていく。
いつもなら怒って抵抗するはずなのに、今は何かを惜しむかの如くこの熱に包まれていたい、と
そう、思った。
神様がくれたのは
(束の間の幸せかそれとも)
(私を苦しめる思い出か)
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