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「…だから、駆を試合に出せ。そういうことか?」

「うん…傑さんだってわかってるでしょ?」


部室塔の裏で行われる押し問答を、私はただ見守っていた。

というか、微妙にぎすぎすした空気が怖くて口出しが出来ないのが本音だ。


「石川さん、ましてや西島くんとのツートップで全国大会なんて無理。
いくら傑さんがいたってあの二人がFWじゃ…」


「ダメだ。駆は試合じゃ使えない」

「なんでよ!」



あああ帰りたい。
空気な存在になりたい。
私居る意味なくない?


この場から逃れたい一心で必死に身を縮ませていると、一瞬頭を覗かせてサッと引っ込んだ人影を捉える。


私は奈々の左側に立って彼女の方に体を向けていた為、その人物をはっきり確認する事が出来た。


「(駆―――)」


そして傑も人影の正体に気付いたらしく、その視線は奈々に向いてはいなかった。

「確かに駆はシュート外しまくってたけど、傑さんのパスだって駆じゃなかったらどれもこれもチャンスにすらなってなかったんじゃない?ねっ千鶴?」

「だからこそさ」

「奈々には悪いけど…傑に賛成」

「え?」


自分にも振られた問い掛けは残念ながら彼女の期待に添えない。
そうなる理由を伝えるべく口を動かす。


「ギリギリの試合ではチャンスを逃さずに点に結びつけることが一番大事。
でも目の前であれだけシュートを外されたら他のイレブンは何をしても点が取れないような気持ちになっちゃうでしょ」

「モチベーションが落ちるってこと?」

「そうだ」


頷いた私の言葉を傑が引き継いだ。




「たとえ駆でなかったらチャンスに結びつけられなかったパスでもゴールを奪えなきゃゼロ。

いやそれ以下になっちまう…それがサッカーなんだ」



一度間をとった傑は、奈々を越えた先の人を見据える。
彼はおもむろに自身の胸を指した。


「駆に致命的に欠けているのは技術でもスタミナでもない」



「ハートだよ。“左”を苦手にしてることも根っこは同じさ」

「傑さん…」


結局奈々の意見は通らず仕舞いで、傑は足早に立ち去ってしまう。


残った私達が気まずい思いを隠せないでいると、彼女はようやく立ち聞きしていた駆の存在に気が付いた。


「駆!?」


呼ばれた彼は振り返ろうともしないで部室のドアノブに手を掛ける。


「ちょっ…駆聞いて!
傑さんは駆に期待してるの!だからこそ…」

「兄ちゃんの言うとおりだよ」


奈々は駆の誤解を解こうとするけれど相当傷付いたらしい彼には届かなかった。


「『ハートの弱い奴はサッカーに向いてない』ってことだろ?
こんな晒し者にされなくたってそのくらい…」


やりきれない感情をぶつけるかの如く、駆は力任せにドアを開ける。
しかし何かを忘れている気がしてならない…と考えていた私は、その瞬間たどり着いた答えに慌てて静止を掛けた。



「あっ!!開けちゃダメ、今は―――っ

「くそぉぉーーーーっ!!」

…女子が着替えしてるからって言おうとしたのに」



鬼の形相のマネージャー達に縛り上げられている従兄へ、盛大な哀れみを込めて合掌した。



ひび割れた反射鏡
(内側から侵食していく)


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