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夢を見た

すごく すごく

幸せで

残酷なまでに

幸せだった











『お前は自分の正体を人前に晒すのが怖いだけなんだよ』


『かといってサッカーから足を洗う度胸もない。
だからマネージャーに逃げた』


『違うか?駆――――』



傑に挑発されて焚き付けられた駆が久しぶりにピッチ上に立っている。


ずっと待ち望んでいた光景なのに、何故か私は手放しで喜べなかった。



「良かったね、千鶴。
駆達のプレーがまた見れるよ!」

「…ん、そうだね」

「千鶴?どうしたの…」


はしゃぐ奈々とは対称的で心ここに有らずな私。
変な胸の内を伝える訳にもいかず、訝しむ彼女に曖昧に微笑んだ。




「…わ、私ドリンクとか洗濯物片付けてくるよ!」

「え?これから試合なのに…」

「…直ぐ戻るから!」

「あ、ちょっと千鶴!?」






呼び止める声にも振り向かないでその場を離れる私は自分でもその行動を理解出来なかった。




なんでだろう



その時私は



試合を見たくないと思ったんだ








****



機械的な音を立てて動く洗濯機の渦を見つめながら、自分の中に生じた不可解な心情について考える。


「(何で逃げて来ちゃったんだろ…。一番大好きな傑と駆の試合なのに)」



振り払おうと思っても出来ないこのもどかしさは苛立ちを募らせるばかりで、周囲には陰鬱な雲が立ち込めた。



「ここまで応援聞こえるし。凄い盛り上がり様…」


するとグラウンドの方からざわめきが聞こえ、腐ってもサッカーファンとしての血が恐る恐る足を向かわせる。

別に何も疚しい事はしていないのに物陰からこっそり伺う私はストーカーの様だ。

紅白戦は予想通り、彼ら兄弟のプレーが敵味方関係なく圧巻させていた。




「(祐介と傑のマッチアップだ…。やっぱ傑は一枚上手だけど祐介もやるなぁ)」



ボランチの祐介が巧みに傑の突破を阻止していて感嘆の息をもらす。

毎日努力を重ねてきた結果であろうその技術を見ると幼なじみが誇らしく思えて少し口元が緩んだ。



そして駆の天性の才能が拓いたコースへ傑の創造性溢れるパスが突き抜け、エリア内の駆に届き―――――



「…行け、駆っ!!」


知らずの内に拳を固め、迫り上がって来た高揚感を小さく呟いた。


「打てーーーーーっ!
駆ーーーーーーっ!」


「うおおおおおおおっ!!」

掛け声と共に駆は左足を振り上げた。





****


結果、紅白戦は赤のサブ組が2ゴールで勝利を納めた。

けれど得点を決めたのは彼ではなく。


呆気なく交代を言い渡されたその人は大量の洗濯物と沈痛な面持ちを抱えて私の居る洗濯場所へ現れた。


「お疲れ。洗うんでしょ?早くしないと夜になっちゃうよ」

「……うん、」


もそもそと衣類を入れる彼の声は涙混じり。

そんな従兄の様子に苦笑いを向け、影を負った背中に無言で背を寄り掛からせる。


「…傑の本気のパス、中学入ってから今日初めて見たよ。
同じチームの人すら怖がってた傑のパス、駆だけは欲しがってちゃんと取れる様になったじゃん」


「悔しいのはそれだけ駆が頑張った証拠でしょ。
その頑張りくらいは納得してあげたら?」


穏やかな口調で語りかけると、返事の代わりに鼻をすする音が返ってきた。

再び沈黙の場となったが特に居心地の悪さはない。



しばらくしてこちらを伺う視線に気付き顔を向ければその人物は傑で。

彼もまた悲痛な表情で通り過ぎていくが、それは紛れも無く弟を心配する兄の顔。



駆は近づいてきた奈々に任せ、私は先を進む後ろ姿を追いかけた。






(届けるのは私達の役目)

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