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引っ張られるままに連れてこられたのは傑の部屋。
無言の背中に居心地の悪さを感じていると、彼は無造作に床へ座り込んだ。
「…悪い」
ばつが悪そうに謝られ無下には出来ず、私は彼の隣に腰を下ろす。
視線を向けると、傑は窓辺に飾ってある写真立てを眺めていた。
「あ、それ…」
それは小学生の頃、私達が地元のサッカー大会に優勝した時の写真だった。
屈託のない笑みを満開にした過去の自分達を見て、消失感に駆られたのは傑も同じらしい。
彼は唇を引き結んで何かへの憤りを耐えている様だった。
居たたまれなくなって、私は彼のセーターを引っ付かむと自らの足に倒す。
「っ千鶴…?」
そして呆気にとられた顔を見下ろし、出来る限りの微笑みを作って告げる。
「…大丈夫。戻ってくる。…戻してみせるから」
脳裏に一人の少年を思い浮かべながら、自分にも言い聞かせるように紡いだ。
「だからね、傑、ちゃんと休んでよ―――」
こんなに苦しそうな傑は見たくない。
私が出来ることなら何でもしてあげたい。
何だってするから、だから…。
お願い、無理しないで。
「………泣くな、千鶴」
壊れ物を扱うみたいに頬を滑る彼の指先が温かく感じるのは、私の涙が冷たいからだろうか。
「…泣い、てない…っ」
否定はしても彼のセーターの袖口がどんどん水を吸っていく。
「何度見てもお前の泣き顔には弱いんだ。心配しなくてもちゃんと休むから」
だから今は膝借りるな、と涙が途切れたのを確認したのち彼は穏やかに語りかけた。
「大丈夫だ、俺の事をちゃんと理解してくれる奴がここにいる…。だから俺は頑張れるんだよ、千鶴」
眠り際にそう言い残した傑を暫し見つめ、つんつんした髪に触れる。
「…傑の、ばーか。バカバカ大馬鹿やろう」
この人は自分がどれだけ私の支えになってるか絶対に知らないんだ。
「優しいにも程があるよ、ばか従兄」
どんな状況でも他を優先する彼に呆れる反面、心から愛しいとも思う。
無防備な寝顔を見て、少しでも負担を減らせているといいな、と願わずにはいられない。
「…私だって助けてもらってばかりは嫌なんだよ?」
私の存在がちょっとでも彼の助けになっているのなら。
お風呂やらご飯やらを逃した彼を美都が呼びに来るまでの間は、このままでいよう。
優しき王に捧ぐ夢想曲
(貴方を救えますように)
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