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数回のコールがして、馴染みのある声音が聞こえる。
『おう、どうした?』
「遅くにごめんね。今日の試合お疲れさまって言いたくて」
『構わないよ、応援ありがとな』
「いやもう本当にすごかった!あのブラジルに同点だよ!?あの綺麗なパスとかすっごい気持ちよかった!」
『興奮冷めやらぬって感じだな』
受話器の向こうで小さく笑う傑を褒めちぎる。
暫く試合について話し合っていると、だんだん彼の元気がなくなっていった。
「…まだあの夢を見る?」
聞くと無言の肯定が返ってくる。
傑が悪夢に魘されるようになって、私が毎晩電話をするようになってからどれくらい経っただろう。
日本サッカー界の至宝と言われるプレッシャーは大きい。
実は繊細な傑が重責に苦しんでいるのに気付いた時、とにかく彼の休める場所で在りたいと思った。
かつて暗闇に呑まれてた私を彼が救ってくれたように。
「でも今日は大変な試合だったんだからちゃんと睡眠とらないと体に悪いよ。
あ、羊を数えてあげようか?」
『…千鶴』
「ん、子守唄の方が良かった?」
『そうじゃなくて…。ごめんな』
多分その謝罪には気を遣わせて、とか迷惑かけて、なんて意味が込められているんだと思う。
優しい傑はこんな時まで優しくする。
「もっと自分を優先しなよ、傑。気を遣ってんのはそっちでしょ。これは私が勝手にしてる事なんだから傑は気にしなくていいの!」
ちゃんと伝わってるかな、この気持ちは。
私にしてみれば長い沈黙を破った傑の声は、弱々しかったけれど穏やかだった。
『…じゃあもう少しだけ、お前の声を聞かせてくれないか』
「ん、お安い御用さっ」
ちょっとでも傑を取り巻く不安が除けるように
悪夢なんかに悩まされないように
傑が寝息を立てるまで私は何気ない話を囁き続けた。
*****
「おおーっと逢沢傑選手、一瞬のスキをついてパスカットぉ〜〜!」
その日の放課後ーーー。
大量の洗濯物を手にした私は不思議な光景を見た。
何故か太眉に描かれた傑が変なポーズでパスカットをしている紙芝居に群がる部員達。
やけに臨場感あふれる紙芝居を手に雄弁を奮っているマネージャーは、熱心故に背後から迫る危機に全く気が付かないようだった。
(あー…あれ確実に頭狙ってるよ)
「そして糸を引くような美しいスルーパスがぁ〜っ
『ゴッ』後頭部に!!?」
鋭いキックを受けたボールが良い音で駆の頭部に直撃し、悶絶している彼に固い声が降りかかる。
「おい、もう練習始まってるぞ駆!」
「え?」
見上げた駆と傑の視線が合った。
以前はお饅頭が入っていたらしい箱に入れられたお金に目を向けた傑は更に刺々しくなる。
「なんだその投げ銭は?」
「い…いや。部費にしようと思って」
マネージャーの鏡でしょ?と笑って差し出す駆に背を見せ厳しい言葉を重ねた傑。
「マネージャーだからって遊んでんなら部活なんてやめちまえ」
…さりげに持ってる投げ銭には誰も突っ込まないのかな。
ずっと傍観していた私の方へ歩いてきた傑は気まずそうに視線を逸らすと、軽く小突いてきた。
「…お前も仕事に戻れ」
「傑…そのお金」
「うちも切実なんだ…」
その時の彼の背中程見ていて寂しいものはなかった。
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