彼ご飯丹波



つくづく働くと言うことは難儀なものだと思う。

しがない会社員とはいえ毎日やることが沢山あるし、それが単調な仕事であれば飽きを通り越して拒否反応が出てくることもある。

意地悪い上司の嫌みにも愛想笑いという名の化粧を纏って耐える自分、我ながら偉い。


生きるためには働かなければならなく、働くことは楽ばかりで済まされないのは重々承知だ。
それでも恨み言の一つや二つ、口をついてしまうのが人間の悲しい性。



私がそんな分厚い化粧を落とせる場所、自宅以外で唯一無二の場所。
一週間の地獄から解放される金曜終わり、ほぼ毎回通っていると言っても過言ではないそこへ、疲労を訴える足に鞭打ち進ませる。


ああ、今日は一段と疲れた。

(…早く会いたいな)


エネルギーが空になった身体は欲望に忠実だ。
急き立てられるように辿り着いた先のドアを開けば、明るい笑顔が私を出迎えた。


「いらっしゃい、nameちゃん。随分やつれてるね、お疲れさま!」

「こんばんは…丹波さん」

ささくれだった心が求めてやまないのは、実は場所でなくそこに居る人にあったりする。


丹波聡さんと出会ったのは本当に偶然。
ハードスケジュールを強いられ、連日ろくに食事も摂っていなかった生ける屍状態の私に救いの手を差し伸べてくれたのが彼だった。

閉店間際にも関わらず作ってくれたあのオムライスの温かさと優しい味は今でも忘れられない。
今まで生きてきた中で一番美味しかった、本当に。


それからは私の財布が許す限り訪れるようになり、すっかり常連に。
どんなに辛いことがあっても、ここの料理を食べて彼と話せば明日への活力がみなぎってくるような気がする。

軽い印象とは裏腹に、私の愚痴や相談を真剣に聞いてくれて、いつでも迎え入れてくれる彼に惹かれるのは必然だった。


「はいっ丹さん特製愛情たっぷりオムライスです。どうぞ召し上がれ!」

「ありがとうございます」

一言お礼を言って温かい湯気を出している大好きなオムライスを頬張る。
絶妙な酸味とふんわり卵の甘さがマッチして一瞬で幸福感をもたらした。

思わず目を瞑って舌鼓を打っていると、いつの間にか丹波さんが私の目の前でニコニコ笑っていた。
彼曰くお客の喜ぶ顔を見るのは料理人冥利に尽きるのだとか。

初めは驚いたし食べ辛かったけど、毎度のことになれば自然と慣れてしまい、私はそのまま食事を続ける。


「美味しい?nameちゃん」

「相変わらずの美味しさです!生きてて良かったって思えます」


それが丹波さんの料理だから、と言うのは伏せておこう。
疲れてるから余計なことまで喋ってしまいそうだ。


「殺し文句ありがと。てかnameちゃんさ、普段ちゃんとまともなモン食べてんの?出会ったときみたいに倒れんのはダメって俺言ったじゃん」

「えー、あー、あはは…」

「nameちゃん…頑張り屋さんなのは分かるけど、そんなんじゃ疲れるのも当然だからね」


全く手が掛かるんだから…と苦笑いで労るように頭を撫でてくる彼の優しい手。
この手が作るからあんなに美味しい料理が出来るんだろうなぁ、なんてぼんやり考えていたら、自分の口から思わぬ言葉が飛び出した。


「…丹波さんが作るから」

「ん?」

「丹波さんのご飯が一番美味しいから、自分で作っても何を食べても味気なくて…」

つい食事を疎かに、その続きは言える筈もなかった。
なんて、なんて恥ずかしいことを…!!

こんな告白紛いの言葉を言われたって向こうが困るだけなのに!


虚を突かれた彼の表情を見て何とか誤魔化そうと開いた口は、彼の発言によって閉じられた。

「えーと、それってつまり、俺がnameちゃんの胃袋を掴んじゃったって意味?」


ええもうがっつり。
頷いて答えれば、よっしゃぁ!と何故か歓喜の声が響き渡った。


「好きな子に言ってもらえる程嬉しい殺し文句ってないよね。料理得意で良かったわー」

「…え。ええええ?」


思考が追い付かない。
私が丹波さんを好きなあまり耳が都合の良い解釈をしてしまったのだろうか。
うんそうに違いない。
それに今日疲れてるし。


「おもいっきり声に出てるけど現実だからね」

「え、だ、だって」

「大丈夫、ちゃんと責任はとるから!」

「あの会話になってないんですけど!」

「俺がnameちゃんのご飯を毎日作ればnameちゃんは健康になるし俺も嬉しいし。何にも問題ないじゃない」

「…あれ、確かに」

「だろ?と言うわけでnameちゃん、真剣に俺とお付き合いして頂けません?」


これを断る筈もなく。
丁度オムライスにかかったケチャップのように真っ赤な私を指摘した彼も少し赤かった。

一週間に一回のご褒美だった彼のご飯は、これから毎日食べられることになりそうだ。


君の胃袋を掴む方法
(惜しみ無い愛を加えましょう)

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