愛対性理論⇔片恋性思考


いくら人口密度世界一といえど、東京だって冬は寒い

木枯らしよりも冷気を帯びた風が容赦なく剥き出しの頬や足を攻撃してくる。

寒さと痛さの二重苦から逃れるため、お気に入りのモコモコ素材のマフラー(¥598)に思いっきり顔を埋めた。

その際に吐き出された白い息が、振り返った目の前の男の表情を覆い隠す。


「やけに足音が遠いと思ったら…黒バイクの運び屋にでもなりたいの?」

こんなに人が充満している東京の、しかも秋葉原という歓楽街でたった一人の足音を聞き分ける事が出来るのか。
第一にツッコミたかったがこの男ーー折原臨也なら可能なんだろうなぁと妙な納得をしてしまい行動には至らなかった。

「着目点が明らかにずれてませんか?見て分かるでしょう寒いんですよ!」

地味に当たり障りなく返すと、相手はさして興味なさげに歩き出した。

「寒いなら早く俺に追い付くことだね。早足だと暖まるかもしれないよ」

「元を正せば臨也さんが無理矢理買い物に付き合わせてるからじゃ…」

私の言い分は勿論無視された。分かってたけどね!



何故私が臨也さんと休日の秋葉を縦断しているのかと言うと、バイト終わりのシズ兄を待っていた所を更に待ち伏せされて連行されたからである。

しかもその理由が
『パソコン買い換えたいから見繕って』…ときたものだ。しかも極上の笑みと共に。

その時の私はきっと鳩が豆鉄砲…いやマシンガンを食らった様な顔をしていたと思う。


「臨也さんが人に頼る程機械関係弱いとは思えないんですけど」

「当たり前じゃないか。ただ今回はデザインを重視しようと思ってね。中身はいくらでも改造できるし」

君は中々センスが良いから、と言われても全く喜べないのはあの小馬鹿にした態度のせいか。口調か。
…存在そのもののせいだろうなぁ。


対処しようにも相手は道化師の如く掴めない厄介な奴で、敵わないのは目に見えている。

心底乗り気はしないが、一先ず大人しくしていることにした。


少し前を歩く彼に気付かれないように小さく溜め息を吐き、今頃池袋中を探し回っていそうな心優しい兄に秘かに謝っておいた。


(シズ兄、ごめんね…私じゃこの野郎には勝てません…)

かなしきかな、鶏精神。









このままパッと行ってパッと選んでパパッと帰って来るのが理想的だったのだが、現実はそう易々といかなかった。


事件は東京の見所でもあるスクランブル交差点にて起こってしまう。




問題が発生する直前まで、私は臨也さんの一歩後ろを追いかけていた。


周囲を見渡せど人、人、人の群れ。

首都圏に住む身としては慣れなければならないとは分かっているものの、やはり人混みは苦手だ。

頭の痛みに気を捕られていると、あっという間に彼の姿が豆粒と化してしまった。

「げ…やばっ」

慌てて駆け寄ろうとするも、真横、斜め、正面と迫る通行人達が行く手を遮り一向に進めない。


掻き分けようともがいていると、雑踏の隙間から突如突き出された腕に自身の手を掴まれ波の中に引きずり込まれた。


驚きのあまり目を瞬かせて固まっていると、呆れたような、少し不機嫌だと思われる低いテノール声が降りかかった。

「やれやれ…ちょっとは背丈をカバーする俊敏さを鍛える努力をしなよ。それと、迷惑を被る誰かの気持ちも考えた方がいい」

「どうもすみませんね小さくておまけに鈍重で…!」


殆ど反射的に返してしまったが、そう揶揄されてやっと現状を把握するに至った。
どうやら動けずにいた私を助けてくれたらしい。



冷静になってみると臨也さんの端正なお顔が近いこと。
引っ張られた事で慣性が働き、私は自然と彼に正面から抱きつく姿勢をとっていた。

無意識に彼の黒いコートまで掴んでいて、とてつもない恥ずかしさより熱が上がる。

そんな私の様子を目敏く見つけた臨也さんの唇が弧を描いた。


「そんなに俺に触れていたい?大胆だね、葵」

「なっ…ばっ…!?ちげーよ馬鹿帰れ馬鹿死ね馬鹿!!」

「…その口の悪さはシズちゃんそっくりだねぇ」

「うるせー放せこのやろう!!」

動揺を明らかにする私に対して余裕綽々な笑みを浮かべる臨也さんが本当に腹立たしい。

兎に角この状況から脱出しようと身を捩って試みたが、一瞬の内に抱き締められ歯が立たず無駄な抵抗に終わってしまう。


「ッぃぎゃぁぁああ!?」

「アハハッ可愛いーなぁ葵は!」

(お前の場合、=反応が面白いだろうが!!)


この光景が余程奇妙なのか分からないが、あれだけ密集していた人混みが何時の間にか離れて、私達を中心にした円形の空間が出来ていた。

容赦なく浴びせられる好奇の視線に、元々少ないキャパシティが羞恥心で溢れ返った音がした。

死にたい。

「…1、ぶち殺す。2、完膚無きまでに殺す。3、フルボッコ後ぶっ殺。どれか選んで下さい」

「そんな代わり映えのない選択肢を選ぶつもりは皆無だね。それに…そんな赤い顔で脅されても迫力ないよ?」

指摘されて更に心拍数が上昇する。
笑う彼の跳ねる肩でさえ意識してしまう自分が恨めしい…。


「んじゃ、おふざけはここらで止めてそろそろ行こうか!」

しかし、案外あっさりと体を離されると何故か寂しさの様な、どこか物足りない様な虚無感を感じてしまう。

彼はにっこり笑い、そう告げると私に背を向けて再び歩き出した。

見物していた野次馬達も、事態が終息を迎えたのを感じ取るともう必要はないと言わんばかりに隔離された空間をあっという間に埋め尽くしていく。

私達は再び喧騒の中に同化された。


そして日常へと戻された私を次に待ち受けていたのは、またしても非日常だった。

「…人を辱しめて楽しむのいい加減にしてくれませんか」

「酷いなぁ、これは葵がもう人の波に流されない為にっていう俺の親切心だよ?楽しむだなんてそんな…まさか!」

「鏡で今の自分の表情見てみますか?」

めっちゃどS顔ですよ。


今の状況を説明すると、臨也さんに手を繋がれている状態。…しかも恋人繋ぎ。

抑える事の出来ない生理的感覚により、色を濃くする頬を見られまいと下を向いてやり過ごす。

「もー、葵は何が不満なのさ?」

唇を尖らせて拗ねた様子に母性本能を擽られたが、何とか思い留めてぶっきらぼうに返答した。


「(可愛いなんて決して言えない)…て、手。手が冷たいんですよ…っ」

「心が暖かいから☆」

「キモッ…(ゲフン)あはは、臨也さんってば死ねばいいのに」


別に私はシズ兄みたいに彼の事が根っから嫌いな訳ではない。(時々殺したくなるけど)

ただ、彼と居るといつも調子が狂うから苦手なだけで。



「照れ屋な葵も可愛いけど流石の俺でも傷付く時があるんだよ?
…えいっ」

いつもの食えない笑顔から腹黒いオーラを纏った彼に嫌な予感が過るが、時既に遅し。

スポッ

「あ?え、ちょっと何してるんですか邪魔!!」

「それはどうも」


臨也さんは、繋がれている手をそのまま私の左ポケットの中にダイブさせた。


必然的に二人の距離が縮まり、ようやく治まってきた動悸がまた騒がしくなる。

「ちょ…臨也さ」


「君の手は…暖かい」



文句を言って解放してもらおうと意気込んで見上げた彼は、今までとは違う微笑みで、静かに呟いた。




珍しい彼の状態に私が戸惑っていると、すぐにいつもの嫌みったらしい笑顔に変えていたため深く追及出来なかった。



「てことはさ、俺達すごく相性良いと思わない?」


「…シズ兄の重量無機質攻撃喰らってとうとう頭湧いたんですか」


「残念でした、天才は元からどこかで狂ってるんだよ。そうじゃなくて、俺の手は冷たくて君のは暖かい。だから二人合わせれば丁度いい具合になるだろ?」


「流石絶賛中二病患者ですね。そのうすら寒い思考」

「ハイハイ、何とでも。」

皮肉を返しながらも私の赤い顔は隠しようがなくて、臨也さんは嬉しそうに軽く流すだけだった。

散漫する人の中を、今度は並んで進む。

「あ、それと。分かりやすい照れ隠しもやめた方がいいね」

何でですか、聞く前に答えは紡がれた。



「…可愛い過ぎて、離したくなくなるから…」

艶やかな声音は囁かれた耳を通して体の内側からじわじわ熱を広げていく。


そんな私には臨也さんの冷えた手が心地良く感じた。





繋いだ手は、右に水の様な冷たさ。左からは火の様な熱さが溶け合って

  
  甘い痺れをもたらした





 


(い〜ざ〜や〜…?何うちの妹拉致ってんだゴルァ)

(あっシズ兄!)

(シズちゃん…妹さんを俺に下さい!)

(……………。(ガコッ))

(わー!!シズ兄待って、あんなの冗談だから!!秋葉原のど真ん中でその冷蔵庫を投げないでよ!?)

(大丈夫、ちゃんと俺が育て上げてみせるから!色々。)

((臨也テッメェェェェ!!))











○初デュラ夢!
ヒロインは平和島さんの義妹です。


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