沖田
必ず帰る。だから、俺に少しの勇気を下さい。
「総悟」
生物達も息を潜める真夜中、俺は一人自室で刀の手入れをしていた。
向かってきた足音に気付き手を止めると、聞きなれた鈴の声音が自分を呼んだ。
「葵?どうしたんでぃ」
「ん…ちょっといい?」
「入りなせぇ」
そう言うと、控え目に襖が開かれ愛しい想い人が姿を覗かせる。
「何でぃ、まだ仕事してたのか?」
見れば彼女は隊服姿のまま。
「浪士達の動向を土方さんに報告してたの。…奴等の居場所が分かった」
それで笑っているつもりなのだろうが、今の彼女は誰の目にも力無く弱っているのが見てとれた。
「そうかぃ、ソイツァご苦労だったなぁ」
気休めにでもなれば、と頭を撫でてみたが、逆効果だった様で更に表情を曇らせてしまった。
「全然…ご苦労なんかじゃないよ……私は、情報掴んで、此処で待ってるだけ…!
総悟と共に戦えない…ッ!!」
これから俺達真選組はでかい任務を実行する。
監察方が得た情報によると過激派の創界党が、将軍暗殺を企てているとのこと。
江戸中を火炙りにしようとするだけあり、中々居場所が特定出来なかったがたった今彼女ら監察がそれを掴んできた。
「てこたぁ土方さんは一番隊を御指名かい?ったく人使いが荒い」
あの男の判断が間違っているとは思わないが、性急な事態に自ずと溜め息を吐く。
それでも自分に任せてくれるのは信頼がある証。
同時に、とても危険性があるのも又然り。
先程から黙って俯いている彼女もそれを察しての事だろう。
「葵、時間がねぇ。俺の隊を集めてくれ」
「っやっぱり私も一緒に…!!」
「葵」
少し低めに咎めると、長い睫毛が縁取る瞳から一筋流れた涙が輝いた。
「だって!総悟は怖くないの!?創界党の手口は知ってるでしょ?
怪我だけじゃすまないかもしれない…!!」
俺の着物の襟を掴む手は小刻みに震え、次々に滴が零れ落ちる。
「どうして私は行けないの?私だって真選組の隊士だ!」
「…お前の実力は皆が認めてる。だから、手薄になる屯所を任せたんだろぃ?」
きっと俺の口から言わずとも承知しているはず。
それでも言葉にしてしまうのは、俺達がまだ子供だから。
「嫌だ……総悟が、傷付くのは、見たくない…」
「…葵は、馬鹿だねぃ」
本音を理屈で隠せるほど、衝動を理性で押さえつけられるほど
俺達は大人ではなかった。
ゆっくり手を伸ばして抱き寄せると、珍しくその身を預けて縋ってくる。
「俺だって怖くねぇ訳じゃねぇよ。けど、それを理由に逃げて言い訳あるか」
腕の中にある温もりが、ピクリと体を震わせた。
「土方のヤローはいつだって冷静に見極めて策を練ってる。なら、俺は100%遂行できる」
…何かヤローを褒めてるみてーでムカつくから後でマヨに芥子入れとこう。
「信じろ、沖田総悟を。真選組を。近藤葵を。」
恐る恐る顔を上げた彼女を見つめ、言い放つ。
俺の言葉を真っ向から受け止めた彼女は、ゆっくりと反芻して一度下を向いた。
再び顔を上げた時、もう不安や恐怖感は消え去っていた。
「…はい、沖田隊長」
眼差しはとても強く凛として、その清廉な雰囲気に心臓が大きく脈打つ。
「あー…これから出動じゃなかったらなぁ」
「?」
微かに熱をもった顔を見られまいと手で覆うと、彼女から疑問符が飛び出した。
「今すぐ葵を押し倒してたのに」
「下らない事ほざいてないでとっとと行けドS!」
投げ付けられた隊服の隙間から見えた赤い頬に、笑みがこぼれたのは内緒だぜぃ?
やっと何時もの笑顔を見せてくれた事に安堵したのも。
「総悟」
今度ははっきりと、しかし何処か柔らかな声で呼ばれる。
「…いってらっしゃい」
「あぁ、いってくらぁ。此処は任せたぜぃ?」
目と目で強く確かめ合い、俺達は振り向くことなく各々の目的地へ歩を進めた。
(きっと生きて帰ろう、君にただいまと言う為に。)
(貴方を待ち続けます、おかえりなさいと出迎える為に)
君がなによりもの精神安定剤
○
ヒロインの名字が変換出来ないのは近藤さんの養子だからです。
ややこしくてすみません;;
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