ユウジ
※似非方言です、ご了承ください。間違っている箇所はご指摘願います。
※少しですがutprネタがあります。
寒波続きだった最近では珍しく、暖かく柔らかな風が頬を撫でた。
窓の向こうを見れば、前まで物寂しかった裸ん坊の枝に生えるふっくらとした蕾が今か今かと芽吹きを待ち構えている。
あと少しでそれはそれは綺麗な花を咲かすだろう。
窓際の席に差し込む陽射しを受けた私の口元は弛み、気も弛んだのか自然と口を開いていた。
「小春日和、だなぁ」
「小春やとっ!?」
「ひぃ!?」
小さく呟いたつもりだったのに、予想だにしない大声で反応されてみっともない驚きをしてしまった。
あからさまになる剣呑な空気に自己防衛として身体がきゅっと縮まる。
「ひひひひひひ一氏くん?」
「おいこら転校生…」
バンダナのせいで余計に厳つく見える三白眼がどす黒いオーラを纏って私を鋭く射抜いた。
彼の名前は一氏ユウジ。
私のクラスメイトであり、今現在お隣の席に座るテニス部員である。
得意な事は物真似。声や雰囲気は本当にそっくりだ。
その特技で関西強豪と名高い四天宝寺中テニス部のレギュラーを努めているのだから彼の技術は一級品。
すごい、と純粋に思う。
しかし私にとっての彼はそう言った憧憬の感情以外にも抱くものがある。
「転校生、お前…」
「な、に。ひ、一氏くん」
どっくんどっくんと早鐘を打つ心臓。
直視出来なくて目を逸らした。
身体が震える。
もう、ダメだ…。
「なに軽々しく俺の小春の名前呼んでんねんワレごらぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「ひぃぃぃぃぃぃっっごごごめんなさいいいーーー!!」
怖いよ!一氏くんめっちゃ怖いよ!背後の般若がめっちゃ睨むよぉぉぉぉ!
私の同級生でクラスメイトでお隣さんは、(かなり)怖くて小春ちゃんラブな(かなり)怖い人です。
大事なことだから二回も言ったんですよ!
「ち、違うよ一氏くん!私はただ天気が暖かいから小春日和って言っただけで、別に小春ちゃんを指した訳じゃ…」
「小春日和っちゅー言葉は小春のために作られたようなモンや!そないに崇高な言葉をお前ごときが使ってええ訳ないやろ。次小春言うたら死なすどボケ!」
「何その理不尽!?
だ、だって小春ちゃんは私の大事な友達だもん…っ」
「俺 の !小春やっちゅーねん!分からんのかあ゛あ!?」
「ひぎゃぁぁぁあっごめんなさいごめんなさいごめんなさいーーー!!」
私がここまで一氏くんを恐れるのは、彼が私に突っ掛かって(メンチきって)くるから。
あの眼力と口調のダブルパンチは効果抜群だ。メデューサもびっくりして泣き出すだろう。確実に。
そもそもの理由は、東京から転校して来た私を気遣ってお世話をしてくれた小春ちゃん―――またもテニス部レギュラーで、一氏くんのダブルスパートナーである彼―――と仲良くするのが気に入らないからだそうだ。
かといって、転校して初めての友人になってくれた小春ちゃんの事が好きなのは私も同じ。(彼の場合は多少好意のベクトルが違うかもしれないけど)
そう簡単に離れたくない、と言うか一氏くんにそんな勝手を言われたくないのが本音。
勇気を振り絞って反論を試みるものの、彼に勝てた試しがないのが実情である。
助けて、罵声を浴びながら声にならない悲鳴を洩らす。
「あらあら、二人ともまたやってはるん?飽きないんやからもう」
前方から彼独特の少し高めな声が聞こえた。
後光が射して見えた。
石田くんより輝いてるよ。
涙が出てきたよ。
ヒーローみたい、そんな印象は最初から変わらない。
息苦しい辛さから解放されたくて、彼に思い切り抱き着いた。
「こ、こは、こはるちゃ…!!ううぅ…っ」
「よしよし、泣いたら別嬪さんが台無しやでー」
「こ、こわ…怖かった…っ」
「堪忍なぁ、葵ちゃん。助けるの遅れてしもて」
突然タックルしたにも関わらずにこやかに微笑んで背中をぽんぽん叩いてくれる小春ちゃんマジ天使。
ヒーローみたいにカッコよくてヒロインみたいに可憐とか何それ最強。
ようやく得られた安心感に塞き止めていた涙が溢れて落ちる。
そんな様子を見て、ほんまに堪忍な、と申し訳なさそうに小春ちゃんが謝ってくるから、しゃくりあげながらも感謝を伝えようと埋めていた顔を上げた。
「うう、ん。大丈夫。小春ちゃんが来てくれるって、信じてたから。嬉しい。いつもありがとう、小春ちゃん」
「…っ葵ちゃんってば可愛ええわぁもうっ!らぁーぶっ」
「!私も小春ちゃんにマジラブ1000%だよー!!」
「あら可愛えこと言うてくれるやん春歌ちゃんー!」
「可愛いのはりんご先生でしょー?」
「う、うううう浮気かゴラァぁぁあ!死なすど!」
私と小春ちゃんが友情を育んでいるとやっぱり声を荒立てる彼。
私がビクつくと素早く小春ちゃんが庇ってくれた。
ほんと女神だな。
「黙りや一氏!!わての親友泣かせたら許さへん言うたやろ!」
「せ、せやかて小春…」
「…んもうっユウくん!ちょおこっち来ぃ!」
いつも通り、大好きな小春ちゃんに怒られて終わるかと思いきや、一氏くんは小春ちゃんに首根っこを掴まれて教室の外へ連れてしまった。
相変わらず上下関係がはっきりしてるコンビだ。
それから私は次の授業の準備を始めたのだが、そこでふと気付いた。
(しまった…シャー芯忘れた)
入れ替えようとして筆箱を漁ったのだが目的の物は出てこない。
買うの忘れてた。
小春ちゃんに貸してもらおうにも私と彼の席は一番離れているし、人見知りでチキンな私は他の人に話しかけられない。
どうしようか悩んでいる内に二人は戻ってきて席に着き、授業が始まってしまった。
もちろん一氏くんの方なんか見れません恐ろしくて。
それでもどうしようかと悩んでいると。
「…オイ転校生」
「ひっ…とうじ、くん?何でしょう…?」
「…やる」
へ、と呟く私の机に置かれたのはシャー芯の入ったケース。
思わず彼を凝視してしまう。
「せやから使え言うてんねん」
「え、で、でも一氏くん、私のこと嫌いなんでしょ」
「は!?ちゃうわボケ!おまっ…このボケ!」
「ヒィッ!ごめんなさい声大きいです!」
途端に一氏くんが声を荒げたから先生に注意された。
咄嗟に彼がボケて皆を笑わせたからお咎めは無しだったけど…つくづくこの学校は変わってる。
授業が再開すると、直ぐに彼は小声で話し掛けてきた。
「俺は嫌いなヤツと会話するような気は持っとらんわ」
「…え、と」
「お、俺かてなぁ、好きでお前をビビらしとる訳やないで!?ただ小春が絡むとつい叫んでまうっちゅーか…」
悪かった、すまん
握らされたシャー芯と共に出された言葉に目を見開く。
その時に触れた一氏くんの手は緊張しているのか少し汗ばんでいて、緑の髪に隠れている耳は真っ赤になっていて。
今まで怖いと思っていた彼が何だか可愛く思えて、自然と笑みが浮かんだ。
「ううん、ありがとう一氏くん。気付いてくれて、すごく嬉しかった」
「おん…」
なんだ、彼はとても優しい人だったんだ。
一氏くんの方を見ても、もう恐怖感は感じなかった。
本当のあなたはとても人を見ていて、気遣える優しさを持っていて、
そしてとても、不器用な人。
今なら、言えるだろうか。
私は深呼吸して、初めて自分から彼に話し掛けた。
「ねぇ一氏くん、お願いがあるんだ」
「なっ、何や」
「私は転校生じゃなくて金谷葵です。
その…良ければ、私と、友達になってくれませんか?」
改めて口に出すと恥ずかしくて、赤い顔を隠すために深々と頭を下げた。
一氏くんは何も言わない。
一応私たちの席は一番後ろだから誰も気付いてないけど…ち、調子に乗ってしまったな、自分の馬鹿!
「…ユウジ」
「?う、わっ」
突然頭をぐしゃぐしゃされて、更に深く下げられる。
解放されて彼を見ると、意外にも私に向かって笑っていた。
「一氏やなくてユウジや。友達と言えど小春は譲らんからな、覚えとき…葵」
キラキラしたあどけない笑顔がやけに印象に残った。
心がほんのり温まるような、その笑みは小春日和のそれに似ている。
春は、もうすぐそこに。
(ユウくん!何で仲良くなりたい子に向かって怒鳴るん?元も子も無いやろ!)
(分かってんねん…分かってんねやけど、き、緊張してもうて!)
(あんなぁユウくん?一歩近付くんはとっても簡単なことなんよ)
(ど、どないすればええん?)
(…心からの笑顔だけで、気持ちは伝わるんやで!)
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