午後の麗らかな天気の中、私は睡眠学習に勤しんでいた。


学生にとっては最も羨ましがられるポジション、窓際の最後尾に位置する私の席。


(あ〜…昼ごはん終わって最初の授業が体育とは御愁傷様)

肘をついて外を見やると、体育の授業でマラソンをしているらしき同学年のクラスが認められた。


食後直ぐの持久走とあれば誰でも嫌なもので。


傍目から見ても明らかな位憂鬱な表情をさらけ出す生徒達にうわべだけの念仏を唱える。


(あ…)


大した興味も湧かないので潔く睡眠学習に入ろうとしたが、ある人物の登場によって私の意識は根こそぎ持っていかれた。


(…逢沢だ…)

多くの取り巻きに絡まれている中心人物は、今をきらめく最年少日本サッカー代表、逢沢傑その人であった。

中学生ながらにしてもう日の丸を背負う資格を与えられた天才少年である彼は、学校の一大スターとしてその名を馳せている。


私とて彼のファンの一人、と言うか鎌学サッカー部の現役マネージャーとしてそれなりに交流している仲だ。


去年の春。
偶然にも同じクラスで席が隣同士だった私達は、サッカーという共通項から親しくなった。



親しく…というかぶっちゃけて私は逢沢が好きだ。

気が付くと彼のことばかり目で追っていて、いつから恋に落ちたのか分からない。

だから進級してクラスが離れた今でも、彼を見つけると視線が一直線に集中してしまう。


(ああくそ…ホント格好良いな)


勿論容姿が整っている、という意味もあるのだが、私が言いたいのは逢沢傑が持つオーラだ。

彼は人と会話する時必ず目を合わせる。
その凛として力強い眼差しは鋭利な矢のように相手を射抜き、人を惹き付けて止まない。

しかもそれがいつまでも心に残るからたちが悪いのだ。


そういう事もあり、逢沢の周りは人が絶えない。


(…こっち、向かないかな)


心の中で何度も彼の名前を呟いてみたが、超能力者でもない限り此方の願いを理解出来る筈がない。


頭では解りきっているのに、ついついイフの可能性に縋ってしまう滑稽な自身の姿に嘲笑する。


「……………あい、ざわ」

届け、届かないで


気付け、気付かないで


どっちも嘘でどっちも本音。
相反した想いは炭酸飲料の気泡が飽和したみたいに喉を圧迫し、呼吸さえままならなくなる。

滲んだ視界に、友人と楽しそうに喋る逢沢が映った。


 まるでハリウッドスターの様だと思う

 私は只の一般市民

 彼にとって私は見慣れた大勢のファンの中の一人でしかない

 身分の差を思い知れ、馬鹿

 彼は高嶺の華

 地面に根を張る私が見えるはずがないんだ――――

「……傑……好き…」

どうせ最後なら、と声にならない声を押し出した。


すると、あろうことか今まで音沙汰無かった彼が急に振り向き、その真っ直ぐな瞳が私を捕らえたのだ。


(は!?え、え、何で…!!)

よもや心の声が漏れていた訳ではあるまい。

恥ずかしさよりも驚愕の方が勝って対応の仕方が分からず、何の動きもなく見つめ合うという微妙な空気を作りだしてしまった。

先程話していた彼の友人は数メートル手前を歩いている。


すぐ近くに居る友人より二階にいる私に気付くのはどうしてか。

聞きたいことはたくさんあるのに伝えられない距離がもどかしい。

この距離は私と逢沢の心のようだなぁなんて頭の片隅で考えていると、彼は自分の口元に手を当てて何かを言ってきた。


(――?なに、聞こえない……)

怪訝な表情をして見せれば、今度は一字ごとにゆっくりと口を開いてくれる。

全神経を集中させて聞き取れた彼の言葉は、


   ま ぬ け づ ら


―――叫びたい。馬鹿野郎と罵りたい。私の悩みを無駄にしやがって…!!

センチメンタルになっただけ、空回りした事に静かな怒りが沸々と溜められていく。


目を釣り上げて睨むと、年相応と言えるいたずらっ子の笑顔をした逢沢が再び何かを発信してきた。


(くそぅ可愛いな。ハイハイ今度は何ですか?……“す”…?)

呟かれたのはたった三文字の短い言葉。

けれど私がその言葉を完全に理解出来たのは授業が終わって先生に呼び出しを受けた時だった。


強面教師のお叱りを浴びていても心臓が脈打つ回数と音がうるさく、話半分の上の空。

その為私は更に罰則を受けるハメになったのだがそれはまた別の話。


(君に会ったらもう一度聞かせてほしい)

(もっと近くで、声に出して伝えてよ)

(私もちゃんと正面から言うから)




(す き だ ……柚子)


- 7 -


[*前] | [次#]
ページ:




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -