的場


僕、的場薫には双子の妹が居る。


生まれた時からずっと一緒だった無二の人。


但し今、僕にとっての最大級の天敵でもある。










「ちょっと薫ッッ!」

「うわっ!?何だよ柚子?てかノックしろっていつも言ってるだろ!?」


静かで平穏だった空間は一人の甲高い怒声によって塗り替えられた。

寝転んで読んでいたサッカー雑誌を顔面に送る所だったのを咄嗟に防いだ自分を褒めてやりたい。


廊下からでもはっきり捉えられた大きな足音を響かせながら僕の部屋に侵入した少女、的場柚子は僕の妹だ。


割りと数少ない二卵性双生児としてこの世に生を受けた僕たちは其れなりに仲良く、かといってべったりと言う訳でもなし。
つかず離れずの距離を保っている兄妹である。


双子故にお互いの事は両親よりも良く理解しているつもりだったが、最近それにも自信が無くなってきた。


例えば現在。柚子がどうして怒っているのか皆目見当もつかず注意すべき点がずれてしまっている。


「別に家族なんだからいいでしょ。細かい事気にしてると禿げるよ」

「うるさい僕の髪は細いんだよ!ていうか質問に答えろ!」


いつもの軽い小言によって流された問いを呼び戻すと、彼女は頬を膨らませていかにも“怒っている”アピールを繰り出す。

その仕草を愛らしいと思ったのも束の間、唇から生成された残酷な言葉は僕の地雷を容赦なく踏みつけた。


「学祭でメイドやったんでしょ!?なんで黙ってたのよーー!!!!」



妹よ。
そんなに兄が憎いのか。


この空気の『く』の字も読めていない発言は僕の部屋中の温度を下げるには充分過ぎた。


端から見れば誰でも雰囲気は最悪だと分かるだろうに、そんな事はお構い無しにまくし立てる彼女。


「部の男子の中じゃダントツの一位だったんでしょ!?まぁ当然っちゃ当然よね、薫より可愛い男なんていないし。
ってそうじゃなくて!
私だって薫のメイド姿見たかったのに!あぁもうこれだから違う高校は嫌だ…っ」

「僕は今心からお前と高校別で良かったと神に感謝した。とっとと出ていけこの変態め」

「事前に知ってたら衣装だって私が作ったのに…薫には絶対ゴスロリが似合うのに……」

「あらぬ妄想を繰り広げるな何コイツ本当に嫌だ!!」


部屋の角に踞りいじける様子は可愛く思えるが残念な思考により鳥肌が立つほど気持ち悪い。


「かおちゃんが辛辣過ぎる…」

「誰のせいだかよく考えてみろ」


この世の全てに絶望した様な暗いオーラを纏った妹のおかげで更に居心地悪い部屋となったが、もう相手をするのも億劫になってきたので無視して読みかけの雑誌を開き直す。


「くそぅ…昔の薫のがもっと可愛いげがあったのに。生意気にツンツンしやがって」

「男が可愛いって言われて喜ぶと思うな年中春頭」


そう毒づくと完全に拗ねてしまった様で、こちらに背を向けたまま動かなくなった。

やり過ぎたかとも思ったが、すぐにその考えを否定して再び文字の羅列に目を移す。

記事を読みながら考えたのは後ろでキノコを栽培している片割れのこと。


先の会話の通り、僕たちは違う高校にそれぞれ進学した。


柚子はなんと葉陰学院に通っている。
実の兄でも信じがたい事実だが、あれで中々優秀なのだ。

…顔立ちは整ってるんだから黙ってれば良いのに、あの突飛な性格のせいでいつも勿体ない結果になっているらしい。(鬼丸さん情報)

しかも彼女は医学科に行きたいと言っている。

初めてそれを知った時には、驚きのあまり明日世界が消滅するのではないかと真顔で思った程だ。


されど彼女は相当真剣で、今では僕も含めて家族全員が応援している。




ただ一つ気になるのは、彼女が医学科を目指す理由。

以前どうしても不思議に思ったので尋ねてみた所、曖昧な返事で流されて核心には至らなかった。


その時は諦めたのだが、丁度良い機械に答えてもらう事にした。


「そういえば…あの時は濁されたけど、何で柚子は医学科行きたいの?」


正直全く似合わないと思うのだが。


そんな意味も込めて視線を送れば、樹海の住人になりかけていたキノコ少女は細やかな抵抗なのか顔を上げないままぽつりぽつりと話し出した。


「…正確にはスポーツ医学。将来は専門医になりたいから…」

「へぇ、そうだったの?でも何でまた…」

意外な解答に目を丸くさせつつ問いを重ねる。

彼女は暫く言い淀んでいたが、やがて口から出てきた真実に自身の体が静止した。


「だって…だって私がスポーツ専門医になったら薫を支えてあげられるし……ずっと一緒に居れる、じゃん…」

「薫が怪我したら嫌だし!…その、薫がサッカーしてる時が一番、か、カッコいい…から。
出来るだけ…近くで見ていたいの!悪い!?」


ピンク色に紅潮した顔に上目遣いで告げられた魅惑の言葉。


今まで格好良いなんて言ったことなかった癖に。

それはいくら何でも反則だと思う。


半分も内容が入っていなかった雑誌を閉じて、照れ隠しの為かぶつぶつ言い訳をしている妹に近付きつむじを押さえ付ける様にして乱暴に頭を撫で回した。


「わっ…ちょ、髪が抜ける摩擦で禿げる!!」

「嘘。気持ち悪いとか前言撤回。
やっぱりお前可愛すぎ」

「っっ!?な、な…」

「ハハッすごい真っ赤だぞ」

「う、うっさい!薫が急にデレるから…!」


自分からはやたら積極的なのに受け身には慣れていないのか、たった一言で二人の立場は容易く逆転した。

とは言え此方も例に違わず顔が熱い為、充に上を向かせないよう精一杯なのだが…。


「僕も頑張るよ」

「へ?」

「さぁ?柚子には百年早いって言ったの。でも…」

一度口を接ぐんで、彼女の頭から手を離す。

まだ赤みが残る顔と向き合った。


「本気で隣に並ぶ気があるなら…楽しみだな

僕は短気だからあんまり遅いと置いてくよ?」


照れくさと共に笑いかけると、一瞬呆けた彼女の表情はパアッと輝いた。


「…うんっ!!絶対、直ぐに追い付いてみせるから!!
見てなさいよ薫!!」


「ま、期待しないでおく」

―――つい冷たく返してしまうけれど、きっと本音は彼女にはバレバレなんだろうなぁ―――


目の前で嬉しそうにはしゃいでいる片割れを見つめながら、自身の胸に溢れる高揚を隠しきれず、彼女と同じく満面の笑みを浮かべた。





(これからも一緒だからメイド服はいつでも着てもらえるんだね!やったぁっ)

(やっぱり本ッ当気持ち悪い!僕のときめきを返せ!)





(背中合わせのシンメトリー)
(そうさ僕らは運命共同体)

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