祐介2


※本誌ネタばれです、ご注意を


電話を受けた私の足は自然とある場所に向かっていた。

見慣れた道、通い慣れた道

かつて彼と一緒に歩いた懐かしい通り道


以前は毎日のように通っていた景色を懐古する事に、時の流れをしみじみと感じた。


だんだんと近付いていく目的地に心臓が鼓動するのは走ったせいだけではない。

おばさんから話を聞いた時、私の脳裏には一つの光景しか浮かばなかった。


『柚子、これは俺らだけの秘密だからな』

震えている小さな背中に自身の背を預けながらその涙声を聞いていた日を思い出す。


傑が亡くなった時も、中学最後の試合に負けた時も。
全国大会で東京蹴球学園に破れた時も……祐介はあそこで自分を叱責していた。

その反省の場、彼の家から少し離れた所にある河川敷に到着すると、茶色頭の男子学生が橋の手すりに腕を掛け川を眺めている姿が見え始める。

予想が的中した安堵感より例えようのない不安が体を襲った。

けれど私は躊躇わずにその大きな背中に呼びかける。


「…この不良息子め」


「っ、柚子…?」


振り返った彼の呆けた表情が何ともおかしくてふっと苦笑いになる。

そのまま彼の隣に立ち、街の光に照らされて所々輝く水面の流れを無言で追いかけた。

「おばさん心配してるよ?すぐ電話した方が得策だと思うけど」

「あ……。忘れてた。
もしかして探してくれたのか?悪いな…」

「いいよ、私が勝手にやったことだから気にしないで。ていうか思ったより元気だね」


私に言われて急遽メールを打ち始めた祐介は一旦手を休め謝るが、両手を振って制す。
実際本当に拍子抜けしてしまったのだ。
大分晴れている気配が伺え、てっきり落ち込んでいるとばかり思っていた私は恥ずかしさから目を反らした。

そんな私を訝しむ事せず祐介は微笑む。

「ああ。さっきまで駆とサッカーしてたんだ。そしたら何かすっきりしたっていうか…」

「俺の思いは駆に託したぜ!みたいな?」

「そんな感じ。てかビーチサッカーって面白いな。初めてしたけど良いトレーニングになる訳だ。柚子もやろーぜ」


私と話ながらもメールを書いていた彼は、送信ボタンを押して携帯を閉じるとボールを持ち上げて誘う。
けど私にはその様子が無理に振る舞っている風にしかみえず笑い返せなかった。

「……今度、ね。今日はこれ以上体を酷使させちゃダメ」

「別に平気だって。AFCの時と比べたら全然…」

「悔し泣きしてる人の言葉なんて信用出来ないよ」


若干冷たくなった私の口振りに反論した彼の表情が固まる。
そして眉尻を下げ曖昧に微笑した。


「…何でか、柚子には敵わないよホント…。俺が黙って此処にいても必ずお前にバレるんだよなぁ…」

「…分かるよ。だって幼なじみだもん」

俯いた祐介から目を離さないで告げれば、また彼の呟きが返ってくる。


「でもな、駆と会って吹っ切れたのは嘘じゃない。
なのに……」

短い沈黙の後、祐介の右手が私の頭に触れて、左手で腰を引かれる。
そのまま吸い込まれる様に抱き寄せられた。

身長差により私の頭部は相手の肩口に行き、髪に彼の顔が埋まっている。


「なのに…柚子を前にしたら抑えてた気持ちが全部弾けて……」

「うん…」

「ッ悔しかった……!」


耳へと流れてくるのは震えた小さな声。
大人びている彼が溢した等身大の本音だった。

“悔しい”、と口に出せるのは自信があったから。

その自信に見合うだけ血の滲む努力をしてきたから。

何より勝ちたいという強い思いがあったから…。


それは江ノ高のみんなだって同じだった。
身近で見てきたからこそ分かるやり場のない気持ちに、伝える言葉が存在しない。

けれど今は。
きっとそんな言葉は余計だ。

「…また、アイツが…世界が遠くなっ…ッ」

「祐介」

未だに震える背中に腕を添えて、あやすみたいに規則的なリズムで叩く。

一瞬ビクッと引いた上体だけど、私が逃げないのを知るとまた抱き込まれた。


「大丈夫だよ。今の私は佐伯祐介の幼なじみの石崎柚子だから…ね?」


“泣いていいから”

無造作に髪が絡まる大きな指も気にせず彼に身を委ねる。
彼の頬を伝うものは見ないフリをして、微かに聞こえた感謝の台詞に応えるようにシャツをきつく掴んだ。


気温の下がった夜の空気が私達を包んだけれど、触れ合っている場所からは温もりが消えず。

そこだけ孤立したみたいに、お粗末に建てられた街灯が重なった影を鮮明に映していた。




泣け泣け良い
(明日から笑おうよ)

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