祐介




出逢わなければ善かったね

いっそ知らない人同士なら

同じ世界に生まれなければ

僕はきっと










ピンポン、とチャイムを鳴らすと数秒後には慌ただしいドタバタ音が轟く。

壊れてしまうのではないかと懸念する程けたたましく開かれたドアから現れた少女は何事もなかった風を装いながら挨拶してきた。


「おっはよー祐介!!」

「はよ柚子。ホント朝から騒がしいな」

「そ、そんなうるさくないよ!普通フツー」

苦笑混じりにからかうと必死に弁解する姿にまた笑いが抑えきれない。

「あーもう祐介笑いすぎ!!いいから行こ、朝練遅刻するよ!!」

「はいはい」

そんな生暖かい視線を回避しようと小さな手が俺の腕を掴み通学を促す。


俺と柚子の関係は、在り来たりな幼馴染み。

家が隣同士で同じ年に生まれれば、親しくなるのは当然で。

尚かつ相手が異性であれば恋心が芽生えるのはあっという間だった。


しかしその想いは彼女に届いておらず。

佐伯祐介14歳、絶賛片想い中。


理由は二つ。
言わずもがな、今の関係が壊れてしまうのが怖くて伝えられない事。(女々しいとか言わないでくれ)

もう一つはどうしようもない…。


「ゆーすけ遅ーい!!
傑さん今日から練習に参加するんでしょ?早く会いたいの!!」

恍惚の表情から出される桃色吐息に、こちらの足取りは重さを増す。


何の不幸か、俺が好きになった人は同じ部活の先輩に惚れている。


逢沢傑-----今や日本人で知らない人はいない位の逸材で、俺の尊敬する大先輩であり目標の人物。

男の俺でも格好良いと思う程だから彼女が傑さんに恋するのも分からなくない。

だからと言ってそれで納得出来る程大人ではない俺は正直もやもやした複雑な気分を抱えていた。


大事な想い人が他人のものになるのは嫌だし、かといって彼女を悲しませるのは余計に嫌だ。

彼女が幸せであれば良いと思う偽善と、どうして他の誰かを選んだんだと言う醜い嫉妬が決着の着かない一人相撲をしていて結局答えが出せていない。


そんな俺の壮大なる葛藤を知る由もない柚子は、いつまでもトキメキ物語を囀ずる。


「…でね、昨日の夜に傑さんがメールくれたんだよ!これって一歩前進してると思わない!?」


多分、傑さんも柚子に気がある。

それに気付いてしまったからこそ、彼女の喜びに比例して悲しみが蓄積されていく。


よりによってどうして俺に言うんだよ

何で俺じゃダメだったんだよ

俺の方がお前の事を知ってるのに

 ずっと一緒だったのに


俺の世界はお前の隣なのに


「祐介?聞いてる?」

「あぁ…ごめんごめん、続けて」


 俺は上手く笑えているだろうか?

胃の底が重く、どす黒い塊がぐるぐるぐるぐる蠢いている気がして怖くなる。


嘘を重ねる度に何かを失っていった。
それはあの頃の純粋な淡い想いだったり、もう戻れない時間の記憶かもしれない。



なぁ、もう俺はすっからかんなんだよ

お前はこれ以上何を奪っていこうと言うんだ

いっそのことお前を諦めてしまえれば良かった


「ここまで傑さんに近づけたのも祐介が居たからだよ。私の幼なじみが祐介で本当に幸せ!」


なぁ、頼むから



 またそうやって甘い言葉で俺を縛り付けないでくれ


 お前が触れているこの腕だけは
 いつまでも暖かいんだ




(だからもうこの手を離してくれ)

(君の麻薬に依存してしまう前に)

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