鬼丸


俺、鬼丸春樹は今年の夏にU-16の日本代表に選ばれた。


もちろん自分の実力が認めて貰えて嬉しかったし、世界で戦えるという大きな期待で満ち溢れていた。


しかし心の奥底で微かに後ろめたい思いがあった。

その罪悪感に気付いた時、浮かび上がったのは愛しい恋人である柚子の顔だった。










「…え…韓国?」


電話越しなのに、驚きや悲しみの感情がありありと伝わってくる声が耳に残る。

「あぁ。明日にはココを発つから…大会が終わるまで暫くは会えないんだ」


あくまで冷静に言ったつもりが、先程の哀愁漂う彼女を思い出すと胸が痛み掠れ気味になってしまった。


総体の後直ぐに代表合宿が始まった為、もう2ヶ月近くまともに会っていない。
平日も休日も関係なく夜遅くまで厳しい練習の中、疲労困憊の体ではメールや電話をしたのは両手で足りる程だ。


自分でも最低だと思うのに、彼女は決して責めることをせず優しく微笑み激励してくれた。


けれど今回の遠征が重なれば会うのはさらに先延ばしされるだろう。



いくら柔和な彼女でも堪えたと思う。


果たしてどう出るか

怒るだろうか?

或いは別れを切り出されるかもしれない



そんな不安を抱えながらも向こうの返答を待つ。



「そ……か、仕方ないよね。代表おめでとう、春樹!スゴイじゃんっ頑張ってね」


沈黙の後に聞こえたいつもの励ましに肺の辺りがチリチリ痛んだ。



――なぁ柚子、お前は本当にそう思ってる?

知ってるんだ、分かってるんだよ

お前のその言葉が虚勢な事も

今も震えるか細い声が泣いている事も

柚子、俺はいつだってお前に笑顔でいて欲しいんだ

だから

空元気はもうやめにしようぜ






弱気な自身を叱咤して自身も震えそうになる声を奮い立たせる。


「柚子、俺は柚子が好きだ」

「へ…は、春樹…!?」


自分も驚く程大きく発した告白はちゃんと彼女の耳に届いたようで、狼狽しているのが目に浮かぶ。


「柚子は優しいからさ、俺の事気遣ってくれてるのは分かる。凄い嬉しい」


けど、それじゃ俺は満たされないんだ


「俺は柚子に会いたい。会ってお前を抱き締めたい。触れていたい。温もりを感じていたい」



さぁ、今度はお前の番だ



「柚子の本音を聞かせて。
建前とか関係ないお前の、俺への願いを」





長い長い無言が続き、やがてスピーカーから小さな嗚咽が流れ出す。


震える小鳥の様な泣き声を確かに聞き取った。


控え目な彼女らしいささやかな我が儘。


「……ッ寂し…いよ…
会いたい、はるき……!」


「ん、…会いに来た」




窓を開けて、と言う前に玄関の扉が勢い良く開かれる。
もしかしてずっとそこにいたのか?

その心配が言葉になる前に見えた、彼女の泣き腫らした大きな目が見開かれ、愛しくてたまらなくて。


脇目も振らず包み込んだ。



泣きながらも必死に抱きつく小さな存在に笑みがこぼれ、空白の時間を埋めるべく唇を重ね続けた。









幸福を迎えに




(偽りではなくありのままで)

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