荒木




「石崎っいくつだった!?」

「ふふん…今回はやりました23点!!」


「畜生負けたーーー!!!!」

「お前ら…100点満点のテストだぞ、これ…」

上から荒木、私、兵藤の順に言葉を重ねていった。

ちなみに兵藤の辛辣なツッコミは右から左にスルーである。


今私達が競っていたのは先週行われた数学のテストの結果だ。


いつも下位の微妙な差を争う私達はいつの間にか敗者にパンを献上する事になっていた。


「さぁ、約束通り購買で一番人気のカツサンド、奢ってもらいましょーか荒木くーん?」

ふんぞり返って視線を向けると、荒木は悔しそうに歯をくいしばった。

「ぐぬぬ…わぁーったよ行きゃいいんだろ!」

「あ、ホラ荒木急がないと売り切れちゃう」

「るへー!!王様をパシらせるとは良い度胸じゃねーか…今に見てろよ!!」


そう吐き捨てると彼は争奪戦と言う名の蟻地獄へ旅立っていった。





「さて、昼休みまでに帰って来れるかねアイツ。心配だなぁ」

「おーい石崎、言動が一致してないぞ」


苦笑混じりの兵藤に指差され手鏡を見れば、何とも嬉しそうな含み笑いをした私が映っている。


「だってあの俺様が私の命令を聞いてるんだよ?
しかも購買の闘いでぼろぼろになった王様が拝めると思うともう笑いが止まらなくて!」



手鏡をしまいながら返す自身の言葉はやけに明るく、反対に兵藤は冷や汗を流し若干引いた視線を寄越してきた。


「(どSだ…)俺様な所はお前ら二人して同じだろ」

「何か言った?」

「おぉーっと兵藤選手レッドカード!!潔く退場です!!」


数回のやり取りを繰り広げた後、私の殺気を感じ取った彼は颯爽と立ち去っていった。
勘のいい奴め。


その姿を追うでもなく見送ってから、話す相手の居なくなった私は携帯をいじり始めた。



その間乾いた咳が喉を痛撃し、イガイガ感に眉をひそめる。


「ん゛んっ あー荒木のくせに遅ーい」

「何だとコラもう一辺言ってみろ」

「のぅわあ!?」


軽い苛つきと共に愚痴を吐けば、低い声に咎められ頭をはかたれた。



暫くは帰って来るまいとたかをくくっていた為、突如の衝撃に対応出来ず情けない声を上げてしまった。


「ぶっ…おま、今の声!」

「う、うっさいていうかちゃんと買ってきたの!?」


羞恥心を抑えようと試みたが無駄な抵抗に終わり、目の前の男は腹を抱えて笑い続ける。


睨み付けると奴は笑い終えたが目の端にうっすら涙を浮かべていた。


「当ったり前だろ、俺を誰だと思ってるんだ」

「うましか」

「よーしそこに直れ頭を差し出せ殴ってやる」

「冗談でーす」

「てめぇ…まぁいいや、ホレ」


得意気に尋ねた彼を一蹴してやれば、いつもの様に反撃することなく、ただため息一つ落としただけだった。


その様子を少し怪訝に思いつつも、掲げられた手にあるカツサンドに気をとられ深くは考えずに留まる。


「おぉー!!やれば出来るじゃん荒木!!」


よくやった、と言う前にそれは途中で区切られた。


何故なら、差し出した私の手に渡されたものは所望していたカツサンドではなく、莓サンドだったからだ。

「しかし疲れたぜ。何で購買ってあんなに生徒が集まるのに狭いんだよ…。おかしいだろ、なぁ?」


先程まで突き付けられていたカツサンドは未だに荒木の手中に。


奴は普通に袋を破いてパンを取りだし…


取りだし…


「…ん、どうした石崎?」


食った。



あまりにも自然で悪意が全く感じられない行動に状況を把握出来ず、どうやら固まっていたらしい。


此方を窺ってきた荒木によって現実に引き戻され、慌てて次にすべき意志を決定させる。


「な…んでお前が私のカツサンド食ってんだよこのや」

「あーあー叫ぶな喉に障るだろ」


大きく息を吸い込んだは良いものの、口元に迫った相手の掌がそれを制したせいで失敗に終わる。


そして私は本日二回目の脳内会議を開く事となった。

(今、何て言ったこいつ?)




「お前今日調子悪いんだろ。無理して見栄張って余計に酷くすんじゃねーよ」


しかしながら結論が出る前に荒木に答えられてしまった。


バレていないと思っていたのに、こうもすんなり言い当てられてしまうと張り詰めていた気が緩んでしまう。


途端に咳がぶり返し、目眩がして倦怠感が体を襲う。



カツサンドを堪能した荒木は机に突っ伏した私の前の席に座り、今度は飴を食べ始めた。


人を気遣っているのかそうでないのか良く分からない。




「…いつから…」


「そりゃ朝から。でもお前、指摘すると意固地になるからと思って黙ってたけどマコも知ってたぞ」


気付いてたの、とは言わなかったが汲み取ったらしい荒木は飴をカラコロと転がして答えた。



兵藤にまでバレていたとは。気付かれていないと思っていた自分が恥ずかしい。

「莓サンドは皆からの見舞いだ。幸い今日は後掃除だけだから早く休めよ」


今まで憎く思っていた莓サンドが急に輝かしく愛しいものに思えてきた。


改めて友達の有り難さを噛み締めていると、笑みが浮かび心が暖まる。


「…ありがとね、荒木」


何だかんだで世話をしてくれた荒木に向かって礼を言うと、その表情はいつものお調子者ではなく。


彼の好きなサッカーをしているときみたいな真剣な眼差しが私を捕らえていた。




(あれ、何か、顔近ーー)








その時分かったのは、荒木の睫毛は意外に長いんだって事と。


奴の食べていた飴はレモン味だった事。






「…俺の好きなお前の声を、聞けないのは困るからな。
それに、お前のいない学校は平和過ぎて退屈なんだ」


私の口の中でもカラコロと鳴るレモン飴を食べながら、その台詞をどこか他人事のように聞いていた。


ただ彼から目を離せない。

今この瞬間は、私の世界はあの自信に満ちた笑みをくれる荒木竜一のみだった。



「帰りは王様が直々に送ってやろう、女王様?
勿論拒否権なんてないからな」



上から目線な口調とは裏腹に髪を撫でる手つきは優しくて。


小さく頷くだけで精一杯だった。



茹で蛸よろしく染まり上がった顔が熱だと言い訳出来る内に甘えてみようか。







先ずは…もう一個、飴が欲しいかも。





不器用な彼の優しさ






(女王様は王様以上に我が儘なんだから)

(覚悟してよね?)

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