飛鳥
あなたが笑うとわたしも笑う
その微笑みがわたしに向けられたなら、わたしの心臓は綿菓子のようにふわふわ浮き上がり甘い甘い痺れを生むの
あなたがわたしの名前を呼ぶだけで、くすぐったくて歯がゆくて、でもすごく嬉しい
あなたが呼ぶわたしの名前が好き
あなたがわたしに触れてくれるだけで、わたしは幸せすぎて死んでもいいって思えるよ
そう言うとあなたは怒ったような悲しそうな顔をしてしまうからもう言わないけれど
それくらいわたしはあなたが好き
でもわたしが好きなあなたの笑顔がわたし以外の人に向くのは、仕方ないって解っていてもイヤだなぁ
あなたはとても素敵な人だから、女の子にとても人気だし
あなたを慕う後輩たちにもときどきやきもちを妬いてるって、気づいているのかな?
ねぇ、本当はわたしだけを見ていてほしいよ
わたしの頭はあなたでいっぱいだから
もしあなたもわたしと同じ気持ちだったら、わたしは幸福で天に昇れるだろうなぁ
「――――起きたか?柚子」
うっすら持ち上がった目蓋がもう一度閉じられようとした時、前から聞き飽きない大好きな低音がしてぱっちり目が覚める。
「と、とーる!?」
「おはよう…って言ってももう放課後か」
ガバッと起き上がり呂律の回らない口で彼を呼ぶと、彼―――享はクスクス笑いながら持っていた文庫本を閉じた。
辺りを見渡せばここは教室で、外の様子は見事なオレンジ色。
要するにわたしは放課の時間を睡眠に使ってしまったということだ。
「と、享?部活は…」
「忘れたのか?テスト前だからどこも部活動停止中だろう」
完全に忘れてました……とは言いづらく適当に笑って誤魔化す。
その瞬間、ぱさっと乾いた音がしてわたしから何かが滑り落ちた。
「上着…?もしかして享の?」
「俺以外の男の上着なんか掛けさせる訳ないだろ。不満だったか?」
「滅相もない!あ、ありがとう…っ」
少し不機嫌な口調で嬉しい言葉をくれた彼の思いがわたしの頬を染め、ちょうど夕日と同化する。
勢いあまって彼の上着を思いきり抱き締めると、暖かさが全身を包むと共に享の笑い声が聞こえた。
「どういたしまして。
ほら…寝癖ついてるぞ、柚子」
細くて長い、でも男の子だと分かる大きな手のひらに撫でられた髪の毛。
もうおかしくなりそうな位身体中がドキドキして。
やばい今日髪洗えないかもしれない。
ねぇ、享
わたしが享を好きなのと同じくらい、享もわたしを好きなら良いのに
「好きだよ」
心の声を読まれたかと思い怪訝な表情をしてみせると、享は眉を八の字に下げて笑った。
「おもいっきり声に出てた」
「あ、え、その、」
うわわたしアホだ、と羞恥で俯く。
「えっと…ごめん、なさい」
「何を謝るんだ。俺は嬉しかったぞ」
優しく髪を梳かれゆっくり顔をあげれば、優しく口元を緩める享がいる。
それは部活のみんなに見せる皇帝スマイルでも他の女の子達に向ける微笑みでもなくて。
凛々しい瞳をぎゅっと細め、心なしか頬が淡く色づいた笑顔だった。
「…享、とおる、とーる」
「どうした柚子?」
好きが募って大好きになって
大好きが愛してるに変わって
愛してるよりも愛してて
ねぇ享、享もそう思ってくれてるんだね
「わたしはすごく享を想ってます」
繋いだ両手は同じ熱さだった。
「俺はお前が想うよりもっと強くお前を想ってるよ」
好き、大好き、愛してる、
(それ以上はなんと言うんだろうね)
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