鬼丸


「あちゃー…結構降ってるな」


教室から外に目を向けると、校庭には大きな茶色の水溜まりがいくつも出来ていて、上空から落ちてくる雨がその水面に波紋を作るのが見えた。


そういえば今朝の天気予報で午後の降水確率が高いとか言っていたような…と今さらになって思い出す。

低血圧で朝はどうしても眠くて記憶があやふやになる私が傘なんて持ってくる訳がない。

しばらくどんよりした空を眺めながら、私が出した結論はこうだった。



「よし、帰ろう」



このまま学校で暇を持て余すのは性分に合わない。
お家大好きな身としては一刻も早く帰りたいのだ。


思い立ったが吉日。
私はロッカーからジャージを取り出して上着の方を羽織ると勇んで教室を後にした。



が、下駄箱までやって来ると、雨の勢いの強さを一層思い知らされる。

地を打ち付ける粒は当たると痛そうだ。



「…ここまで来て引き下がれないんだから!」


一瞬躊躇いそうになった自身を叱咤するように、私はどしゃ降りの中を駆け出した。



気休め程度に着た上着は本当に気休めにしかならない位瞬く間にびしょ濡れになって意味を成さず、走る事を早々に断念する。


せめて顔に当たる雨の攻撃は避けたくて手を水平に付け雨よけを作るも、あまり効果はない気がした。



「うーん…失敗したなぁ…」




「っ石崎先輩!!」



水を含んだ重い服によって加算された重量を引きずりながらのんびり歩いていると、急に後ろから誰かに呼ばれた。


「んー?って、わぁぁ!?何なに何なのごめんなさい!」



そんな大声で一体何の用だ、と目を細めて振り返ろうとしたのだけど、その本人を確認する前に腕を掴まれ凄い力で引っ張られる。
全く予想していなかった行動に女らしかぬ悲鳴が発されるのは致し方無いと思うんだ。


しかし先程より感じていた雨の冷たい衝撃が無くなった事を不思議に思い、冷静になった頭で上を見上げると……。



「…鬼丸君?何、で」


息を切らしてこちらを見つめる後輩の姿があった。
どうやら彼が私を屋根のある建物まで連れてきてくれたらしい。


驚いた私が彼の名前を口にすると、流石のサッカー部レギュラー。
直ぐに息を整えて、エナメルから大きめのスポーツタオルを取り出す。

鬼丸君はその様子を黙って見守っていた私にバサッとタオルを被せた。
そしてわしゃわしゃと髪を拭かれる。



「ゎぷっ!?お、鬼丸君…」


「っあんたどこまで馬鹿なんスか!?普通こんなどしゃ降りに傘も差さず歩いて帰りませんよ!!この馬鹿!!」


「に、二回も言った…!私先輩なのに…」


「だったらもっと先輩らしい振る舞いしてから反論して下さい」


ごもっともです。


的確な後輩からの指摘に私は抵抗を完全に放棄し、されるがままお説教を受ける。


まぁ全面的に私が悪いんだよ、分かってる。



「ちなみに鬼丸君、今日部活は…」


「この雨でグラウンド使えないんで筋トレで終わりました。帰ろうとしたら丸腰で走っていく人が見えたんでどこぞのアホかと思ったら先輩だったんですけどね」


「…はは、一応上着は着たんだよ」


「考え無しではないのは認めますけど…。ぶっちゃけ意味ないですよね」


「うう…鬼丸君辛辣過ぎだよ!
いつもの爽やかオーラはどこ行ったの!?」


「知りませんよ、何ですかそれ…。ホラ」



苦い顔ですっかり色を変えた私の上着を見たので、私だって好きでこうなった訳じゃないと言い返す。
それも取り合ってはもらえなかったけど、代わりに学年毎で色違いである彼のジャージを渡された。


いまいち真意が分からず彼を見ると、強めの口調で再び差し出される。


「ずっとその濡れた上着でいるつもりですか?
風邪引かれても困るんでこっち着て下さい」


「え?でも」


「……」


「何でもないですありがとう鬼丸君!」



どうやら私と彼の立場は完璧に逆転したようだ。
逆らわない方が身の為だと判断し、大人しく自分の上着を脱いで受け取った彼のものを羽織った。

微かに鼻腔を掠めた鬼丸君の匂いや年上の私よりずっと大きいサイズのジャージに自然と顔が熱くなる。


口では悪態を吐きながらも面倒をみてくれる彼の優しさが嬉しくて、頬が緩むのを感じる。



「大丈夫ですか?汗くさかったらすみません」


後ろを向いていた鬼丸君が申し訳なさそうに言うのを可愛いな、と思いつつ首を横に振る。


「ううん、凄く暖かいよ。ありがとう!」


「っ」


満面の笑顔でお礼をすると、急に鬼丸君は目を合わせてくれなくなった。
…ごめん、そんなに見苦しかったか。



「そ、そろそろ帰りましょうか。送って行きますよ」


内心落ち込む私に彼が声を掛ける。
その手には紺色の傘が握られていて、自分はとんでもなく多大な迷惑をかけてしまったなぁと後悔した。

でも彼の性格上、断ったり謝っても余計に怒らせてしまうかもしれないと思い、私もこれ以上冷たい雨に打たれたくないのでお言葉に甘える。



激しさを増す雨の中、鬼丸君の傘に入れてもらい帰路へ着く現在。
所謂相合い傘状態に緊張を隠せず無言が続く。

身体が触れそうで触れないギリギリの距離感を保つのは中々に難しく、私は終始気が気ではなかった。


隙を伺って彼の方に視線をやれば、左肩が雨粒を受けて濡れている。
右側に居る私の為に傘の位置をずらしてくれていたのだ。


「鬼丸君!肩がびしょびしょだよ!?鬼丸君の傘なんだから自分の為に使おうよ!」


「それを言うなら先輩の為に使う事が十分俺の為になります。
先輩は女の子なんですから体を冷やしちゃダメっすよ」


慌てて彼に訴えるが、爽やかオーラ全開のイケメンフェイスで言いくるめられて呆気なく敗訴する。
ていうか何だその甘いセリフは…!
あまりされない女の子扱いに心臓がばくばく音を立てて騒がしい。

けれどもやはり年上として、彼に気遣わせてばかりなのは心苦しいのでもう一度直訴してみる。


「でも、でも私は鬼丸君が冷たい思いするのも嫌だよ」


「別に俺は構いませんけど…。
じゃあこうしましょう」


「は、わっ!?」



暫く思案していた彼はその言葉の後に私の右肩に右手を置いて自身の胸へと引き寄せた。

距離が縮まる所か肩は思いっきり彼に密着していて、心臓は飛び出しそうな程跳ね上がる。


「歩き辛くないですか?」


―――強いて言うなら息がし辛くて死にそうです。


答えになっていない解答は音を以て形成される事はなかったけれど、私は必死に頷いて肯定を示した。


「だ、だい、大丈夫」


「なら良かったです。俺はこっちの方が落ち着きますから」


ふっと柔らかく微笑んで私の肩に触れる彼の手に込められた力が強くなり、顔中に集まる熱を隠す事に精一杯で返事は返せなかった。




「誤解が無いよう言っておきますけど、俺がこんなに世話焼くの、石崎先輩だけですからね。
先輩は特別なんです」


―――この意味、いつかは分かってもらいますよ


楽しそうな笑みを浮かべる年下の彼に、やはり私は返事をせず熱さで火照った頭を彼に寄せた。





(貴女から目が離せないんです)


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