西広



「うぅ…いったぁぁぁー…」


誰だ、捻挫は骨折より痛くないって言ったのは。

痛いことには変わりないじゃないかそんなの!



私が一生懸命辛さに耐えていようと、心配してくれる人なんていない。

何故なら今が放課後って無人地帯だからで…。


「そりゃあちょっと油断してたさ…浅はかでした…。けどこんな寂しい状況はなしっしょ」


無念の情をぼやいても静まり返った校内に吸い取られ、より人気のなさを強調させるだけ。

段々と日が傾き暗くなってくる周囲に一抹の不安がよぎった。


「このまま誰も来ない…なんて事はあり得ないよ、ね…?」

顔が引きつって上手く笑えなかった。

そもそも私が捻挫した原因は、地理の先生が私一人に押し付けた大量の資料を片付ける為に棚の上へ登ったらベタな漫画の如く手を滑らせて落下したからなんだけど…。

痛みを我慢して一応教室までは来た。
だけど忍耐力も精神力も強くない私はそこで力尽き床に踞ってしまう。


「…今夜を越えれば明日は助けが来るよね…」


色々吹っ切れてきた思考は学校で一夜を明かすという無謀な事を考え始めていた。

その時―――――


「ぅわっ!?水無月さん!何してるのこんなトコで!?」

「っっ出たぁぁぁあ!?
―――って西広君!?」


突如開いたドアの向こうに立っていた幽霊…もといクラスメイトの西広君は目下の私を見て驚きの声をあげた。

負けじと私も叫んでしまったけど、お互い冷静になると西広君からのツッコミが飛んでくる。


「いや俺本物だから!
本当にどうしたのさ?もう六時過ぎてるんだよ?一人でいたら危ないだろ!?」

取り乱した様子の彼に一気に質問攻めされて返答に悩んでいると、私が押さえている左足首に気付き、キッと目を吊り上げた。


「えーと、西広く」

「バカ水無月!何ですぐ助けを呼ばないの!?俺が通り掛からなかったら一晩中このままだったかも知れないんだぞ!」


初めて聞いた彼の怒鳴り声に身を竦める。
言い返す内容を持ち合わせてはいなくて、あの温和な彼でも怒ることがあるんだなぁなんて呑気に思っていたりした。



「……とにかく手当てしないと。野球部に救急箱あるから診てもらおう?」

「…うん、ありが」

「はいっ」

「……何してるの」

「歩き辛いでしょ?おんぶしてくから乗って!」


いやいやいやいや少年よ、これでも私は生物学上で女に識別されているんだ。

恥じらいとか遠慮の精神くらい持ち合わせているんだよ。


「や、私重いし!無理しなくて良いよ!」

「気にしないで。俺がしたいだけだから」


まるで菩薩の様な慈愛溢れる微笑みに、なけなしのプライドはあっという間に崩れ去る。

何にせよ痛いものは痛いんだ。(やせ我慢はいくないよね!)

「じ、じゃあ失礼します…」

「っと。何だ軽すぎだよ?水無月さんってば大袈裟だなー」

「全然!きっと男の子の方が軽いって!」


意外にも軽々と持ち上げられ、驚きながら彼の肩の服をやんわり掴む。
遠目から見ているだけでは分からなかった“男の子”の西広君を身近に感じて顔が熱くなる。
そんな邪念を振り払う為に明るく振る舞うと、少しの沈黙の後彼は呟いた。


「水無月さんは今のままでいいよ。これ以上細くなったら捻挫じゃ済まないかもしれないし、そうなったら心配で身がもたないもの」

「ま、間抜けでごめん…」

「だからね、今から隣で見張る事にした」

「…んん?」


さらりと告げられた発言をもう一度反復してみても理解には達せず、首を傾げて考える。
苦笑いで振り返った彼との距離の近さにまた熱が上がった。


「水無月さんが好きだから、俺の知らない所で怪我とかして欲しくないって意味。分かった?」

「ぅえ…っあ、の」

「いいよね?側にいても」

「う…うん…!」


お互い真っ赤になっているのには敢えて触れないで。
火照った顔を彼の熱い背中に押し付けて、小さな幸せを噛み締めた。




(恋の鼓動よ鳴り響け)






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