阿部
高校生活で何が面倒って言ったら私は空腹だと思う。
三限から四限にかけてはこれがピークに達する。
その欲求を我慢しようとすると、こちらの意識とは関係なく胃から情けない音が発生。
いわゆる腹の虫である。
極一部を除き、全国の学生達はみんな一度は悩んだ事があると思われる。
授業中、静かな室内に嫌でも響き渡るあの音のなんと忌まわしき事か。
近隣の人には直ぐにバレ、忍び笑いや生暖かい視線を浴びるのがどれだけ心に深い傷を残すか…。
故に、こんな赤っ恥をかかない為にも我々は随時糖分補給を行っていくことが大事なのだ――――――
「…で、俺にどうしろと」
「何かくれよ」
「盛大な身振り手振りで恥ずかしく語っといて結論はちゃっちいなお前!」
「だってお腹空いたんだもん!」
即座に鮮やかなツッコミを決めた阿部にまた主張し、掌を突き出す。
まぁ要約すると単に空腹が限界になっただけなのだ。
白羽の矢を立てられた阿部は、課題の邪魔をされたせいか何時もより深く眉間に皺をつくり、私を睨み上げてきた。
(めっちゃ怖い!)
「…だからって俺にたかるのか」
「いやガチで金欠なの。一円たりとも使いたくない。けどひもじい。
そこで私は気付いたの…阿部!私にはお前が必要だ!」
「随分安いな俺への信頼は。
他所をあたってくれ」
「そ、そんな殺生なー!」
私の渾身の願いも虚しく冷たい一言で一刀両断されてしまう。
しかしそれで諦める私ではなく、視線を教科書に戻して完全無視の体勢になった彼の机に張りついて懇願する。
「おい机揺らすな字が書けねぇだろ」
「うわぁん頼むよ阿部ー!今は藁をも、いや阿部をも縋る思いなんだって!」
「上手くねぇし!捻りが考えつかなかったらそのまま言えよ!何でわざわざボケるんだ!?」
「阿部の鬼ー!腹黒タレ目キャッチャー!」
「…てめぇ言わせておけば…ッ」
予想通り表情を引きつらせた相手に向けて罵詈雑言を吐けど、腹の空虚感は収まらない。
クラスメイトから『漫才』と称されているこの騒動も今では日常と化してきた。
もう後には引けない私は最終手段の泣き落としにかかろうとする。
「同情するならお菓子を…」
「あーもー分かった!
やるから大人しくしろ!」
遂に耐えきれなくなった阿部はそう叫んで荒々しくエナメルに手を突っ込み、何か掴んでずいっと私に寄越した。
反射的に受け取り、勝ち誇った笑みを浮かべる私を鬱陶しそうに睨む。
けれど糖分を手に入れた私は達成感に満ち溢れていてそんな視線は眼中にない。
「やったイチゴ飴!私の大好物だ!阿部ナイスタイミングっ」
「そっすか、それは良かったッス」
ピンクの可愛らしい包みにくるまれたそれを遠慮なく開いて口に含む。
瞬間甘いイチゴの味が広がり、幸福な気持ちを導いた。
「ん、甘い!ありがとう阿部ー…ってどこ行くの?」
飴を堪能しながら満面の笑顔でお礼を告げると、彼は急に席を立った。
不審に思って尋ねれば、短い返事と共に頭をポンポン叩かれる。
「西広に借りたノート返してくんだよ。てゆーかそんな食い意地張ってっとお前太るぞ」
「なっ…よ、余計なお世話ですー!動いてるから平気だもん!」
嫌味ったらしい言葉に目を吊り上げて反抗するも、結局彼は背を向けたまま教室を後にした。
「あんにゃろう阿部め…。全っ然乙女心が分かってない男だ」
「そうでもないよ?」
「わっなんだ水谷か…どういう意味?」
不服な気持ちを残したまま悪態をついていると、後ろにいたらしい水谷が阿部を弁護した。
「なんだってヒド…。
あのね、阿部って実は甘いのそんな食べないんだ」
「え、でも私が阿部にねだる様になったの、いつも飴とかチョコとか持ってるからだよ?」
目を丸くして続けざまに質問すると、人差し指を左右に振って焦らす水谷。
(全くもって癪にさわる)
「部活の帰りにコンビニ寄るとさ、アイツ必ず苺味のお菓子買うんだよ。
食べるの?って聞いたら、なんて答えたと思う?」
やけに意地悪い言い方は誰かを彷彿させ、人知れず胸が高鳴る。
そんな私の反応を見抜いてか、このヘタレはへにゃっとした顔でとんでもない爆弾を落としていった。
(落とすのはフライだけにしろ!)
「『いつも腹を空かせた小鳥がピーピーうるせぇから餌付けしてんだ』…だって。誰のことだろうね?
それから…さっき教室を出ていった阿部の顔は真っ赤でした!」
口内でイチゴ特有の甘酸っぱさが弾けていく。
私は何も言わず、阿部が歩いていった道を追っていた。
不器用な僕らのストロベリー戦線
(それは甘いあめ玉のように小さな幸せ)
(もう二人とも焦れったいなぁ!早くくっつけばいいのに。ね、花井!)
(俺に振るなよ…。なるようになるだろ、あんなに分かりやすいんだから)
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