俯きかけていた顔を上げさせた。
太陽が燦々と降り注ぐ本日は晴天なり。
しかし私の心は曇り空、後に雨が降るでしょう。
「はぁ…有里さん可愛いなちくしょー」
理由はとても簡素でとても呆れたもの。
恋人である聡さんと、彼が所属するクラブチームの広報の華が一緒にいる場面を目撃してしまったから。
別に聡さんを疑ってはいない。
彼のくれる愛は十二分に理解している。だからこれは気持ちの問題だ。
好きな人が異性といるのを平静に見ていられる人はなかなかいないと思う。
しかも楽しそうに談笑していれば尚更だ。
「迎えになんて来るんじゃなかった…」
何となく思い立ってクラブハウスまで足を運んでいた自分が怨めしくなる。
そんな訳で、一人だけ雨雲を引き連れ歩く帰り道。
そんな時、今最も大好きだけど最も聞きたくない声が私の背中にぶつけられた。
「ちょっと、待てって!」
私より一回りも大きい手に手首を掴まれ、先に進めなくなってしまい足を止める。
けれど決して振り返らない。
いや、振り返るに振り返れない理由があるのだ。
「さ、聡さん奇遇ですね」
「あのね…さっきクラブハウスに来てただろ。何で先に帰るんだよ」
「…タイムセールがあったのを忘れてまして」
「お前本当に嘘が下手だよな」
彼が呆れた様子なのは容易に分かる。
でも有里さんに嫉妬しました、と素直に言える人種でもないのだ私は。
そのまま沈黙を貫いていたら流石に痺れを切らしたのか、若干掴む力が強くなった。
「もしかしてさっき有里ちゃんと話してたの気にしてる?」
「…悪かったですね子供染みてて」
自分で言っておきながら益々気落ちする。
ダメだ、今の顔はとても見せられたものじゃない。
いずれは彼の方を向かなければならないが、聡さんを見れば即刻涙腺崩壊なのは明らかだった。
ぐい、と反転させられ強張る体。
でも次の瞬間視界に映ったのは、大好きな彼の広い背中。
「…さとしさ、」
「見られたくないなら見ないから、俺についてきて」
聡さんはちっとも悪くないのに、どこまでも優しい。
だから私はこんなに我が儘になってしまうんですよ、聡さん。
嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちが混ざりあった微妙な感情を抱えつつ、温かな手をそっと握り返して後に従った。
****
私達のいた場所はクラブハウスからそれ程離れていなかったらしく、ほんの数分で辿り着いたのは駐車場。
見慣れた彼の車にやってくると、聡さんはおもむろにダッシュボードをあさり始めた。
不思議に思ったけど黙ってその行動を見守る。
「あーもー、ホントはこんな予定じゃなかったんだけどなぁ…。ま、お前を泣かせる位ならいっか」
何やらぶつくさ言いながら目的物を発見したらしい彼は、遠慮がちに振り向いていいか尋ねる。
真っ直ぐに彼と向き合うのはまだ気が引けて、了承したものの視線は下を見つめたまま。
こちらに対面した彼の足元に集中していた。
「ふーん、頑固じゃないの。でもいつまでそんな態度とっていられるかな?」
言葉と共に差し出されたのは、テレビでよく見る掌サイズの小さな箱。
私の手へ乗せゆっくりと開かれた中から覗いていたのは、キラキラと存在を強調する指輪で―――。
「っこれ…!」
「こんなんで不安が全部取り除けるとは思ってないけどね。それでも形あるもので繋いでおけるならって思って」
穏やかな聡さんの声が温かく私を包み込む。
あ、ヤバい泣く。
目尻に溜まった雫を必死に堪えると不満そうな声音が聞こえた。
「まだ粘るか。いい加減こっち向けよー」
「ダメ、だって、わたしいま、ひどい顔」
「構わねぇから」
「うぅ…」
まだ頑なな私に怒るでもなく、彼は静かに髪を梳く。
「この指輪をはめて、俺と一緒になってくれるなら上を向いて。お前の顔、ちゃんと見せてよ」
片手を頬に添えられて恐る恐る顔を上げれば、真っ赤な泣きっ面が晒される。
けど聡さんは嬉しそうに微笑んで優しく涙を拭ってくれた。
「…やっと見れた。どんな顔だって、俺の奥さんなんだから愛しいに決まってるだろ」
「…っこんな、恥ずかしい顔、聡さんにしか見せた事ないんですから。せ、責任取って幸せにして下さっ」
観念して開き直った正に一瞬。
唇に触れた熱の正体に気付いた時はもう遅く、彼はとても生き生きとした笑みを浮かべていた。
「もちろん、全身全霊で幸せにするから覚悟しとけよ?」
太陽が燦々と降り注ぐ本日は晴天なり。
私の心は雨模様から一転、雲一つない快晴となるでしょう。
俯きかけていた顔を上げさせた。
(晴れやかな笑顔がかち合った)
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企画サイト『紫陽花』さまに提出させて頂きました。
素敵な企画をありがとうございます!
そしてここまでお読み下さり本当にありがとうございました!
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