わんわんワンコ!




「ちょっとなまえさん聞いて下さいよー!」

「あーハイハイ今回はなんだい世良坊」



やかましさ抜群の声を聞いた瞬間、手慣れた様子で自分たちの持ち場を去る同僚たち――――ETUの広報チーム。
苦楽を共にしてきた仲間である私を置いて、だ。


くそう冷血人間どもめ、私に子守りを任せやがって…。


その原因たる世良恭平…我らがETUの主要メンバーでありムードメーカーな彼が私の元に来るようになってもう随分になる。
同い年で仲の良い堺と話していた所に彼がやって来たのが出会いだった。


懐かれた、と言えば聞こえはいいがこうもベッタベタだと時々うんざりする事もある。
居酒屋で愚痴ってた堺の気持ちが分かるようになった。



「へへっなまえさんは俺の話をちゃんと聞いてくれるから好きッス!」

「…そりゃどうも」


…基本的に可愛いんだけどね。

どこぞの王子様は椿くんや赤崎くんを忠犬なんて言うけど、私は絶対世良くんの方がぴったりだと信じてやまない。
人一倍落ち着きがないけど愛嬌はあるし。
いつも見える柴犬のような耳と尻尾は、幻覚でも触るとふわふわもふもふなんじゃないかって密かに思うもの。


「…なまえさーん?」

「ん、ごめんちょっと犬について考えてた」

「なんすかそれ」

「まぁまぁ気にしない。それより世良くん、一日の疲れは糖分で回復だよ」

「あざーす!あ、それでさっきの練習の時に―――」


私の妄想に気付かれない内にエサで釣って話題をそらす。
一生懸命お菓子に食いつく世良くんを見ていると自然に口元が緩んだ。


強要したことはないけれど、練習や試合の後にこうして報告をしてくれる彼。
適当に相槌を打ちながら相手する私を見た有里ちゃんに『親子みたい』と言われたことがある。

私は喋りが上手い方ではないため、向こうから話を振ってくれる世良くんといると気が楽なのだ。
たまに堺と同じ気持ちになるけど。
でもそれは彼の素直さからくるものだから、憎みたくても憎めない。
きっとそれが好かれる理由でもあるんだろう、そう推測しつつ世良くんの笑顔を見つめた。



「そんで丹さんが…なまえさん?俺の顔に何かついてます?」

「あー…食べかすとヒゲが。取った方がいいんじゃない?」

「マジッスか!?…ってヒゲは関係ないでしょ!!」

「更に若返るよ中学生」

「せめて高校生って言って下さいよー!」


どっちも馬鹿にされている事にあまり変わりはないと思うな。
必要以上にリアクションをしてくれるからついからかいたくなってしまう。


「うん、世良くんは本当に可愛いね」

「嬉しくないッス!」


年下といえど男相手に可愛いなんて、私も年をとったなぁと苦笑いがこぼれた。
さてこのむくれたワンコをどう宥めようか。



「世良くん」

「……」

「そうやって怒っても余計可愛いだけなの分かってる?」

「…っな、なんすか」

「や、ここに焼き肉の割引券があるんだよ」

「はっ…そ、それは某有名人気店の!」


サッと取り出した紙を左右に振ると、店のロゴに反応した彼は途端に丸い目を輝かせた。
そんなに食べ物で釣ってばかりいると私が堺に怒られるかもしれないなぁ、そう思ったけどこの可愛さの前では鬼の剣幕も無意味だ。


「これあげるから機嫌直して?」

「俺がもらって良いんですか!?わー!ありがとうございますっ」


怒りはどこにいったのか、心底嬉しそうにはしゃいでいる世良くんを見ているとこっちまで嬉しくなる。
満足して頷くが、彼はハタと動きを止めた。


「…なまえさん」

「なんだい」

「これ一枚につき二人までオッケーじゃないッスか!一緒に行きましょうよ!」

「え。私はいいよ、他の子誘いな」


こんなおばさんと行かんでも良いだろう。

遠慮すれば何故か先程より拗ねてしまった22歳。


なまえさん今日の仕事もう終わりました?
うん終わったよ。


淡々としたやり取りの後、世良くんはいきなり私の手を掴み歩き出す。



「せ、世良くん?」

「他の人じゃなくてなまえさんとじゃなきゃ意味がないんス!」


意外な告白に目を見張った。
可愛い様子につい口元が綻び、それを見られてまた怒られてしまったけど。


「もーっなまえさんはすぐ笑うー!!」

「ごめんごめん、許してよ。今日はとことん付き合うからさ」

「当たり前ッス!」


プンスカと前を歩く彼にこっそり微笑み、今日位は振り回されてみるのもいいかもしれないなぁ、なんて思ったのだった。


コ!
(たくましいよ、その背中)










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