たとえば、



たとえば大きな背中だったり


たとえば綺麗に染められた髪だったり


たとえば不機嫌そうに歪む眉だったり



「わたし、案外堺さんのこと大好きみたいです」

ほら今みたいにあぁ?って言う声も。


「自分で解釈してねぇで俺にも分かるよう説明しやがれ」

「えー…怒らないでくれますか?」

「黙って聞いてやるよ、手は出るかもしれねぇが」

「怒ってるじゃん!」


堺さんは好きだけど痛いのはイヤです。
座っていたモフモフのクッションを盾にすると、堺さんはすごくすごく不満げに握った拳骨をほどいて読んでいた雑誌を床に置いた。
(“健康かつ美味しいお料理”…今日の晩ごはんが楽しみだなぁ)



「…で、さっきの言葉だとなまえ、お前は今までそんなに俺を好きじゃなかったってことか」

「ややや、違いますよ!超愛しちゃってるから一緒にいるんじゃないですか!」

「余計なおしゃべりすんなただでさえお前の話しは要領を得ねーんだからよ」



誤解を解こうと慌てて堺さんに詰め寄ると、ものすごい視線で睨まれた。
長年の付き合いでそれがかわいい照れ隠しなこと位分かってますけどね!


久々のオフなのにお料理本とラブラブしている彼に振り向いて欲しくて呟いた一言がこんなややこしい事態を引き起こすとは思わなかった。
当初の目的は達成された訳だけど正直言って堺さんを納得させられるような話でもない。

絶対手も口も出されるだろうなぁ。
覚悟を決めながら、わたしは仏頂面な堺さんに向き直った。



「ええっとですね。わたし堺さんのために死ねるくらい堺さんが好きで。何がそんなに好きなんだろうって考えてたんですよ、暇だったから」


主に暇、の部分を強調して彼を見るとちょっとばつの悪そうな顔をしてた。
そういう優しいところもきゅんきゅんです。


「でも考えるとキリがなくて、性格も顔も声も体も。果てには細胞レベルまで好きなんですもん、自分で思ってた以上に堺さんに首ったけなんだなぁって思ったんです」

「……」

「まぁ、そんな想いがつい声になってしまっただけなんですけど」

あははと笑いつつ“へらへらすんな”ってお叱りを受ける予想をしていると。


ぐい、ぎゅう、わしゃわしゃ


「さ、かいさ ん?ちょ、あいたたたたっ髪禿げる!?」

「いっそ禿げろバカ」

「現実的に考えれば堺さんの方が確実に…あああごめんなさい嘘です!でも堺さんが禿げても変わらず愛し続けますよわたし!」

「う、うっせぇ!」


効果音を説明すると、堺さんに引っ張られ、めっちゃ強く抱き締められ、頭をがしがしされた。

嬉しいけど全体的に痛い!



「ねー堺さん、隠したってクールなお顔が真っ赤なのはバレバレなんですから恥ずかしがらずに見せて下さいよー」

「ざけんな誰が見せるか」

「堺さん大好きです!」

「脈絡ねぇな…おい、買い物行くぞ」

「堺さんこそ脈絡ないですよ」


くっつくわたしを剥がして立ち上がる彼はもういつもの無愛想だった。
ぼうっと後ろ姿を眺めていると大きな手が差し出される。



「…今日は特別に好きなモン作ってやる」

「本当ですか!すき焼き食べたいです!牛肉!」

「よし、野菜9豚肉1の割合な。任せろ」

「うわぁぁん鬼ぃぃぃ!!すき焼きは精進料理じゃありません!!」


冗談だよ、そう言って不意に優しく笑う堺さんから目が離せなかった。
ああもう本当、あなたに骨抜きなんですよ。
これ以上わたしをどうしたいんですか?


繋いだ手は熱くて、でももっと触れていたくて。

立ち上がらせてもらった後にもう一度指先を近付ければ、武骨な掌が離れないよう固く固く結んでくれた。



(あなたが愛しいってだけの話です)










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