愛が降り注ぐ





椿大介

あのETUの伝説とも言われている背番号を背負うその後ろ姿はとても大きい。

皆は可愛い、とか達海監督に比べて頼りない、とか言うけれど。

アタシはそうは思わない。


だって大介は――――




「はーっ満腹満腹ぅ!」

「良かったー。美味かったよね、あのラーメン」

「だよねー…なんて言うと思ったかこのスカポンタン!」

「はぅっ!?」



安心した様子の大介に私の研ぎ澄まされたアッパーがヒットした。
素晴らしい!なまえ選手、十点満点です!

だがしかしそれくらいでアタシの怒りが収まる筈もない。



「いてて…なまえ…どうし」

「どうしたもこうしたもあるか!何でアタシの誕生日なのにフレンチとかイタリアンじゃなくてラーメン!?何時もと変わんないんですけど!?」

「ご、ごめ…」



顎を押さえて涙ながらに謝ってくる大介を睨み上げる。
ああもう見下ろすなノッポめ!!


だって、今日はアタシの誕生日だよ?
何か高級レストランとかで食事、ちょっと奮発した指輪、みたいなそういうサプライズ的なサムシングを期待するでしょ彼氏持ちとしては。


なのに大介ときたら、


『なまえ!世良さんに良いラーメンの店教えてもらったから行こう?』


そりゃあもう色気もへったくれもないお誘いでした。
首を傾げながらマイナスイオン出しまくりな笑顔で言われたら、頷かない訳にはいかなかったんだけれども。



「だ、だってなまえ、美味いラーメン食べたいって」

「言ってたけどね?日にちを考えよう日にちを。いつでも食べにいけるよ」

「う…」



頭に重い石が乗ったように項垂れた椿犬(実際ありそうな犬種だ)
耳と尻尾が寂しげに垂れているけどアタシはそんなもんにほだされやしないぞ。


アタシだって女の子だもん。


一年に一度の誕生日くらい、甘ったるい思いをしてみたいのに。


そんなどこかの自称王子みたいにキザな行動を、このド天然に期待する事自体間違ってるのかもしれない。


大介はアタシを大切にしてくれている、それ以上を望むのはワガママだよね…。


胸の奥がズキズキ痛むのを隠しながら、仕方ないと割り切って許すことにした。



「大介ごめんね!もう怒ってないから、顔上げて?ラーメン本当においしかったから!」

「なまえ…」



やがて顔を上げた彼は捨てられた子犬のような表情をしていて、やけに庇護欲をくすぐらせる。
そんな彼に愛しさからの笑みがこぼれた。


「その…本当は、なまえを喜ばせようと思って、先輩たちに聞いて、色々考えたんだけど…」

「え、」


意外な発言にドキリと高鳴る鼓動。
そんな、あの内気な大介が…。



「か、考えすぎて決まらなかった…」

「…ああ、ね」



そんな事だろうと思ったよ。

別にいいと言ってもなかなか納得し切れないらしく、不意にどこかへ視線を向けた途端。
ただでさえ丸い瞳が大きく見開かれ、駆け出したと思えばすぐ近くの公園へ走っていった。


「だ、大介!?」

「ちょっと待ってて!」


真っ白な雪の絨毯に残る足跡を追うと、彼はしゃがみ込んで必死に作業している様子。

ほんの5分程度だっただろうか、再び彼が振り向いたとき、その両手には真っ白な物が乗っていた。



「はい、なまえにあげる」

「…可愛い」


その正体は、小さな手のひらサイズの雪ウサギ。
ちゃんと赤い目と葉っぱの耳が付いていた。

まじまじと眺めると、大介に良く似てとても愛らしい形をしている。

私のために一生懸命作っている彼の顔が手にとるように浮かび上がってきた。
じんわりと熱が神経を支配していく。


「器用だね」

「昔は良く作ってたから…。い、今はこんなものしか渡せないけど、来年は頑張るから!イタリアンのお店、王子に聞いて―――」

「いいの」

「え」

「どんなロマンチックなお店よりも、凝ったサプライズよりも。大介と二人で気兼ねなく居ることに比べたらちっとも魅力的じゃないもん」


だから、これでいいの。

雪ウサギを慎重に抱えてゆったり微笑むと、大介は真っ赤になってアタシを見ていた。


「なまえ、ズルいよ…」




そう呟かれたのを最後に、アタシの視界は黒で埋め尽くされた。
くっつく身体、ぎこちなく腰に回される腕にアタシまで熱が上がる。

ず、ズルいのはどっちだ!


「ウサギ、溶けちゃうよ…」

「もう少しこのまま…」



やっとの思いでした抵抗は逆効果、髪に埋まる低い声、更に縮まる距離と温度。

蕩けるような甘い空気に酔いしれる。

アタシだけが知ってるアタシだけの大介は、こんなにも素敵な甘えたさん。



「なまえ、誕生日おめでとう」

「ありがと。雪ウサギ、来年も作ってね?」

「もちろん。来年も再来年も、ずっと先の誕生日も」


熱いおでこをくっ付けてはにかむアタシ達を、溶けかけた雪ウサギが見守っていた気がした。


愛が降り注ぐ
(この想い、君へと積もれ)













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