野性的な彼の愛情表現



生きとし生けるもの全てに、本能と言うものが備わっている。

広辞苑いわく、生まれつき持っていると考えられる行動の様式や能力とのこと。

本能によって無意識に体や感情が動かされるさまを『本能的』と言うらしい。


特殊野生動物において、それは命を少しでも永らえさせるために持つ重要な感覚である。

例えばシマウマとライオンのような。
草食動物と肉食動物の力関係は、明らかに後者が勝っている。
よってシマウマはライオンの気配を敏感に察知し、俊足を生かして逃げるのだ。

敵うはずがないと、本能が示しているから。



「お前ってマジで鈍くさいよなー、なまえ」

「も、ももももち、もちもち持田さん…!」


まぁだからといってシマウマが絶対に逃げ切れるほどライオンは甘くない訳で。

私がシマウマほどスピーディーではないからかな、と考えつつ後退した。

どうしてか鉢合わせてしまったライオンこと持田さん…いや持田様から逃れるために。



私が広報として働く東京ヴィクトリーの看板男とも言える彼。
その自他共に認めるサディストに、クラブハウスの廊下でごっつんこしてしまった私が愚かだった。


あ、やべ。
なんて思う暇もなく、目が合った瞬間にっこり極上の笑みを頂き、一気に青ざめるのが分かった。


「なぁーんで逃げるんだよなまえちゃーん?」

「そそそんなことないですよただ何で離れてくれないのかなぁとか持田さん怖いとか全然思ってないですから」


ぶつかった私を受け止めてくれた持田さんは、なぜか体を離してくれない。
がっちり腰に逞しい腕を回されて、抵抗すればするほど彼は楽しそうな表情をする。


それはまるで獲物をじっくりいたぶる捕食者のようだった。
色んな意味で、私の心臓はけたたましいスタッカートを奏でている。


「も、も、持田さ、離して下さ…」

「あー、無理」

「何で!どうして!」


あまりに呆気なく即答されてしまう。
恐怖と緊張に支配された私は、パニック状態により恐れ多くも持田さんの胸ぐらを掴んで噛みついた。

すると彼はまたもや即答。
この人には迷いがないのかと問いたくなった。


「だってなまえ、お前俺が好きだろ?」


……んん?
思わず目を瞬いて彼を見上げる。
相変わらず思惑の計れない持田さんの笑う顔。(ちょう怖い)


いやまぁ当たりですが。
私は貴方が好きですが。

でもそれを認めてしまうのが、何だか悔しくて。
私が私じゃなくなりそうなのが、気に食わなくて。


だからこの力強い拘束から早く解放して欲しいんですが。

そう視線で訴えると、持田さんはそれすらも見透かしたかのようにくつくつと喉を鳴らした。


「俺もお前が好きだし。別に離れなきゃいけねー理由はないんじゃねぇ?」


はいそーですね、って軽々信じるほど馬鹿じゃありませんよ。
別に好きだからってくっつかなきゃいけない理由にはなりませんよね。
無言で訴えれば、彼は口元の笑みを深めた。


「フハッ素直じゃねー女!」

「…いい加減に」


言いかけた文句は、壁際に追いやられた衝撃によって遮られた。

背中に感じた強い痛みに目を瞑ると、唇に熱いものが重なる。

驚いて目を見開けば、0センチの距離で彼に見つめられていて、羞恥心を煽られた私はギュッと目を閉じた。

何でキスするんですか
ていうかキスするなら目を閉じて下さい何で見てるんですかもううう!

「…っ……ん、」

酸素を求めようとして小さく口を開くと、すかさず熱い舌が私の口内を縦横無尽に暴れまわる。
優しさなんて皆無の、貪られるような感覚になるキスに、私の理性までぐちゃぐちゃにされてしまったらしい。


気が付けば、せがむように彼の服を掴んでいた。



「…意固地になるだけ無駄だろ?どうせお前は、逃げたって俺のところに戻ってくるんだしさ」

血が昇って息切れをしている私を覗き込む持田さんは、どこまでも横柄な態度を崩さない。

楽しそうに、愉しそうに。
牙をちらつかせて、妖艶に微笑んだ。




弱った理性が告げている。
逃げろ、捕らわれるな。

しかし身体は全く言う通りにならない。
心より身体の方がよっぽど彼に従順なようだ。


――――もう、認めてしまえ


「…私、好きです。持田さんが大好きです」

ねぇ持田さん、貴方は私を本当に好いてくれているんですか?


初めて口にした告白と、裏に隠した不安。

反応が怖くて俯きながら沈黙に耐える。
するといきなり顎を掴まれ無理矢理上を向かされて。


「バーカ、鈍感、天然ボケ」

「え、なん…っむぅ」


不機嫌な持田様の口付けが降ってきた。
少し荒々しいけど、さっきより全然優しい。
ちょっと触れてすぐ離れた彼の唇。

視線が絡み合う。


「…あのさ、俺って手加減の仕方がよく分かんないの」

「…そうですね」

「そんな俺が今、なまえに対しては面倒くさいけど手加減した。なぁ、この意味分かるよな、つか分かれ」

「……はい…!」


彼を信じて良いんだ、そう思った瞬間安心したように涙が流れた。
嬉しくて泣き笑いになれば、ひっでぇ顔!と盛大に爆笑される。

でもその後、ごしごしと涙を拭いてくれた手の暖かさに胸がじんわりした。



「よし、帰るぞなまえ」

「どこにですか」

「俺の家に決まってんだろ」

「意味が分かりません」

「俺はこんなになまえを愛してるのにお前にはちっとも伝わってなかったみたいだしさぁ…」



腕を掴まれ引っ張られ。
前を歩く持田さんの顔は見えない。
けれど全く良くない予感がする。


「アレだよな、手っ取り早く愛を伝えるには裸同士の付き合いが良いんじゃないかってね」

「なんだろうすごくツッコミ所が多いんですけど取り敢えず間に合ってます!
もう、十分伝わりましたから!」

「後は俺に気を遣わせたことへのお仕置きも兼ねて」

「超死亡フラグ…!」



ギャーギャー喚きながらも、私は本気で抵抗していなかった。

シマウマはライオンに屈服した。
足掻いたって所詮被食者は捕食者からは逃れられない運命なのだ。

気付いた時には、もう手遅れ。


「愛してるよ、なまえ?」

「…愛してますよ。持田さん」


私の本能は心から彼を欲しているのだから。




野性的な彼の愛情表現











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