きみの視界を幸せで埋め尽くしたい






なんてことのない日常のひとコマ。
しかし彼、世良恭平にとっては、普段サッカーばかりであまり一緒に過ごせない彼女との休日はかけがえのない時間である。

の、だが。
連日続くハードな練習により彼は未だ夢の中。



(…美味そう…)


鼻腔と胃を刺激する香りに誘われ目蓋を持ち上げた。
半分覚醒した頭をフル回転させて正体を探れば、それが味噌汁だという事に気が付く。
そしてベッドに一人分のスペースが空いている事にも。
昨夜の時点では隣に眠っていた筈の恋人の姿がないので一抹の不安が過るが、この香りのおかげで朝食を作っているのだと結び付いた。


今まで朝食はパンやシリアルなど簡素なものだったが、彼女と付き合うようになってからはめっきりご飯型に切り替わった。
プロの選手なのにそんな廃れた食生活で良いと思ってんのか!と正座で説教されたのは随分昔だが、未だに一字一句はっきりと思い出せる。

本気で心配して怒ってくれた彼女の想いに愛しさは増す一方。
今日も今日とて愛しい恋人の愛情こもった朝食を食べられるのかと思うとだらしない笑みが浮かぶ。


ここで潔く起き上がれたら良いのだろうが、睡眠欲が邪魔をして次の行動に移せないでいた。
少し腕を動かすとひんやりしたシーツの質感がして完全に目が覚める。


それは先程まで確かに抱き締めていた存在が抜けた跡を示していて、急に寂しさに襲われた。




「恭平?起きてる?」

「ん…なまえ」


頭上から大好きな彼女の声がして再び心地好い微睡みが訪れる。
その温もりが恋しくて、手首を掴みベッドに引きずり込んだ。

当然彼女は驚きの声をあげてシーツに沈むけど、そんなのお構い無しに白い首筋へ顔を寄せる。
すると味噌汁の他に、彼女の特有の甘い香りがふわりと届いた。
香水でもないのにひどく落ち着き、寂しさを埋めてくれるような気がして世良は安堵の息を吐く。



「恭平…寝ぼけてるの?」

「んー…」

「可愛いけど朝ごはんが冷めちゃうよ。起きてー」

「なまえ…」

「なぁに?」


甘えるように擦り寄れば、トクトクと少しテンポの速い鼓動が伝わってきた。


そういや心臓の音って人を落ち着かせるんだっけか。


どこかで耳にした話を思いだしながら拗ねたような声で訴える。


「朝、起きたら…なまえがいなかった、から」


(ちょっと嫌だっただけ)


子供っぽい理由で絶対に笑われると分かりきっていたので口には出さなかった。
じわじわと恥ずかしくなって隠すように抱き着くと、やはりというか彼女から笑い声があがる。

分かっていたが、面白くない。


「悪かったなガキっぽくてよ!」

「ごめんごめん。可愛いんだもん恭平」

「嬉しくねーし!」

「ごめんなさーい」

「このやろ…」


反抗しても全く反省の色を見せない彼女に何とか一矢報いれないものかと、埋めていた顔を上げ笑い続ける唇をふさいだ。

そのまま押し倒し、少しは焦ってくれたか期待したものの。


「…まだ笑うかお前」

「嬉し笑いよ。本当に恭平は私がいないとダメなんだからって思って」


彼によって押し倒されているにも関わらず、余裕綽々で呑気に笑顔を見せる彼女。
何だか気が抜けてしまい、諦めて彼女の隣に寝転んだ。


「そうだよ…俺はなまえがいないと生きていけないダメヤローです」

「素直でよろしい。でも、そんな寂しがりで甘えたな恭平が私は大好きです」



穏やかに、子守唄のように囁きかけてくるなまえを見て、世良は自分が最高の恋人に恵まれたと実感した。

よく見ればほんのり紅潮していた彼女の頬に手を伸ばし、やわらかな髪をそっとすく。
すると彼女は気持ち良さそうに目を閉じた。



――――幸せだ


胸に深く染み入ったこの大切な感情を同じだけ、いやそれ以上に彼女に与えてあげたい、そう強く願った。


 
きみの視界を幸せで埋め尽くしたい


するときみは「もうとっくに埋め尽くされてるよ」なんて俺を映して微笑むから

またきみに溺れていくんだ




−−−−

世良さん夢企画『君酔』さまに提出させて頂きました。
遅くなり大変申し訳ありません…!
甘えたな世良さんが好きです。
この度は素敵な企画をありがとうございます!


そして稚拙な文ではありますが、ここまで読んで下さりありがとうございました!










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