まさか。

まさかまさかまさか。

丹波さんが、あの丹波さんだったなんて…!


「えーと、なまえちゃん…」

「な、ななななんでございましょう」

「スゴいねなまえちゃん。俺、無表情でそんなにどもる人初めて見たわ」


ラーメン屋から帰ってきた私たち。
その前に知った事実のインパクトが強すぎて帰りの事なんて覚えてないに等しい。

丹波さんが煎れてくれたお茶を飲んでも落ち着かず、所在無さげに視線が揺れる。
そんな私を見て、苦笑しながら丹波さんは会話を切り出した。



「ていうかなまえちゃん、サッカーに興味あったんだ?」

「…昔から、何でか好きだったんです。詳しくは思い出せないんですけど、小さい時にある人から教わったんだと思います」

「…へぇ?」

「お店が忙しかった両親に代わって遊んでくれた人で。私その人が大好きで、だからその人が好きなサッカーも好きになったんです」

「…うんうん、そっかそっかぁ」

「あ、すみませんつい語り過ぎて…って丹波さん、何をそんなに笑ってるんですか」


いけない、あの人の事になると饒舌になってしまう。

ハッとして丹波さんを見れば、ニヤニヤと言う表現がぴったりな笑い方をしていた。


「何でもー?それでどうなったの?」


腑に落ちないが、丹波さんは絶対に理由を言ったりしないだろうと短い付き合いの中でも十分に悟れた。
気に食わないけれど観念して続きを話す。


「…それで、しばらくしてその人とは会えなくなってしまいました。だけど影響は強かったのか、Jリーグとかを見始めて。その時にETUの達海さんを知ったんです」


それからどのスポーツよりもハマりましたね。


中でも密かにファンなのはETUなので、最初彼に会った時、丹波選手に似ている人が現れたと思って少し心が踊ったのは絶対に内緒だ。


「…とこんな感じです」

「なーるほど!なまえちゃんの数少ない興味を惹かれたものに俺が関わってるなんて感激だよ!」

「…………は」

「だから、無関心ななまえちゃんの珍しい趣味に俺が貢献したなんて聡嬉し」

「いやいや余計なお世話……え?え?」


丹波さんの悪ノリに冷静なツッコミを返せない位、今の私は動揺していた。
頑張って頭を働かせ、整理した結果。



「…もしかして、その、昔私にサッカーを…教えて、くれたのは…」


どうして今になって昔の記憶が蘇るんだ。
どんなに望んでもあの人の顔は思い出せなかった癖に!

それは、それは―――もの凄く誰かに似ている気がする。


そう例えば

すぐ前に座る、ものっすごく意味ありげに笑うこの人みたいな。



「懐かしいなぁ、“丹さん丹さん”ってずっと俺の後ろついて来たよねー」

「嘘だ…そんな馬鹿な…」


そこでハタと固まる。

私、さっき丹波さんにあの人の事を何て説明したっけ…?



『私その人が大好きで、だからその人が好きなサッカーも好きになったんです』


『私その人が大好きで、』


『その人が大好きで、』


『大好きで―――』




「…すみません私今日は疲れたのでもう休ませて頂きますねお休みなさい」

「まぁまぁなまえちゃん、お茶でも飲んで落ち着きなって。積もる話もあるだろうし」


知らず知らずとんでもない爆弾発言をかましていた自分に耐えきれなくて勢い良く席を立つ。
が、彼は面白いオモチャを与えられた子供みたいな笑顔とは真逆に強い力で退出を許してくれない。

無理やり座らされた私は丹波さんの緩んだ表情にひどく逃げたくなった。


「いやぁあんな熱い告白を受けるとは…俺もまだ捨てたもんじゃないって事か。な、なまえちゃん」

「知りません忘れました私の頭の中の消しゴムで綺麗さっぱり」

「思い出してくれて嬉しいぜなまえ…!」

「何キャラですか気持ち悪い」

「おまっ…“大好き”な人に気持ち悪いとは何だ!」

「強調しないで下さい恥ずかしい!今も大好きとは限らないでしょう!?」



羞恥のあまりらしくもない大声をあげてしまう。
我に返れば、彼はにんまりと目を細めていた。



「うん、やっぱなまえちゃんはそんくらい表情豊かな方が可愛いよ」

「…丹波さんにセクハラされたって両親に電話してきます」

「ごめんなさいいじめ過ぎましたそれだけは勘弁して殺される!!」



明るさ全開の彼には正直困ったけど、もしかしたら彼なりに距離を縮めようとしてくれたのかもしれない。

そういう所は変わってないんだ、と無意識に呆れた。


でも不思議と抵抗感はなくて。
丹波さんの事を思い出せたのがとても嬉しかった自分がいた。


思っていた以上に私は彼になついていたらしい。


「(…丹さんって呼んでも嫌がられないかな?)」


少しの不安と期待を抱きつつ。
こうして騒がしい夜は幕を閉じたのだった。


おもひでいろいろ
(知れたのはほんの断片)












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