大体の荷物整理も終わると、時刻はもう夕飯前だった。
部屋から出た私を待ち構えていた丹波さんに有無を言わさず連れて来られたのは近所のラーメン屋さん。

狭いカウンターに座り、注文の品を待つ間、ここぞとばかりに質問してみる。

最初はやっぱり両親との関係ですよね。



「え、常連客だったんですか?」

「そうだよ〜。学生時代にね、たまたま寄った喫茶店の店長さんで。何か居心地良くてさぁ、めちゃくちゃ入り浸ってた」



驚いたことに、丹波さんと両親の接点はうちの店なんだそうだ。

私の両親は私が生まれる前から喫茶店を経営していて、小さな店だがそれなりに長く愛されている。

まさかそこの常連さんだとは露知らず。


「私お店を手伝ってたのに全然知りませんでした…」


常連なら顔くらい覚えているべきなのに、と自分の不甲斐なさを責める。
けれど丹波さんは手を振りながら軽快に笑った。


「まぁ実際よく行ってたのはなまえちゃんが小さかった時だしね。俺が忙しくなっちゃってからは不規則に通ってたから、覚えてなくても仕方ないんじゃない?」

「…え?てことは私、丹波さんと初対面ではないんですか!?」

「そ、こぉーんなちっちゃかった時から知ってるよ。今じゃそのなまえちゃんがこんな可愛らしい大学生になるなんてさ。人の成長って早いねぇ」



更に驚かされた事実に、口は金魚のようにパクパクとしか動かせない。
そう言われれば、出迎えてくれた丹波さんは『初めまして』とは言ってなかった気がする…!


「す、すみません…!昔の事、全然思い出せなくて」

「気にすんなって、しょうがないじゃん?子供の頃の記憶なんて曖昧なモンだよ」

「…でも、それでも、繋がりがあったなら、丹波さんの事を覚えていたかったです…」



店に関わっている者として、これからお世話になる身として。

また私自身、丹波さんという人物に興味をひかれた事もあって。

両親から詳細を聞いても、“会ってからのお楽しみ”と言って明かしてくれなかったのを密かに悔やんでいると。



「…丹波さん?」


何故ですか、そんなビックリした顔するのは。

理由を尋ねようと口を開いたけど、タイミングが良いのか悪いのか私達の前にドンと頼んだ品が置かれる。


途端に良い香りが漂い、一瞬でラーメンに奪われた私の心。
お腹が空いていた事もあり、私は一人目を輝かせてお箸を割った。



「わぁ、美味しそうですね。食べましょう丹波さん」

「…なまえちゃんってばいつの間にそんなドライな子にになったの」

「昔からこんなですよ。それより良いんですか?」


ラーメン冷めちゃいますよ、と告げれば、ガックリと項垂れる彼がいた。

だって美味しいものは美味しい内に食べるべきでしょう。

丹波さんは嬉々としてラーメンをすする私を恨めしそうに見つめた後、


「もーっ調子狂うなー!」

と威勢よくラーメンを食べ始めた。
豪快に麺をすする音が響き、ゴックンと飲み込んでから彼は私に箸を突き付ける。


「あのねなまえちゃん、覚えてなくてもいいの!今なまえちゃんと居るのは今の俺。よってこの魅力溢れる今の俺を知ってくれればそれでヨシ!」

「え…と、たん」

「分かったら返事!」

「は、はい」

「素直でよろしい!」


またもや有無を言わせてくれる雰囲気ではなく、とりあえず頷くと勢い良く褒められた。

この話は終わり、と言わんばかりに再びラーメンを食べる彼をポカーンと眺める。


「…丹波さんって」



落ち込む私を励ましてくれたり、余裕を崩されてムキになったり。

彼は本当に、色んな表情をするんだなぁ。



「可愛いですね、意外と」

「…なまえちゃーん?」

「あ、すみません。つい」


なんだか微笑ましくて、自然と呟いてしまった思いは彼を停止させたらしく。
ゼンマイが切れかけの人形みたくこちらを向く丹波さんは微妙に引きつっていた。


「ちょ、そこはカッコいい、でしょ」

「だって、私カッコいい丹波さんを知りませんから」

「正直すぎない…!?」


明らかにへこむ彼にくすりと唇をほころぱせ、俯く頭へ声をかけた。


「ですから、これからそのカッコいい魅力溢れる丹波さんを教えて下さいね」


パッと顔を上げた丹波さんは、“なまえちゃんが笑った…!”と失礼な言葉をこぼして、照れくさそうに頬をかく。


「あー…ったく。ほんとペース崩すの上手だね君は」

「恐れ入ります」


やがて大きなため息をついた丹波さんは、人懐っこい笑みと共に手を差し出した。


「改めてまして、丹波聡30歳、愛称は丹さん。身長173p体重66sAB型のお茶目なアラサーです!これからよろしくね?」

「みょうじなまえ、春から大学生になる19歳です。若干どうでもいいプロフィールと、下宿先の提供をして下さって本当にありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします」

「なまえちゃん冷たい!」

「さ、ラーメンが伸び上がってしまいますよ」


握り返した彼の手は、さっき頭に触れられた時より暖かかった。
不安なこともあるけれど、不思議に安心感も得られたこの人の元なら大丈夫かもしれない。

ゆっくりゆっくり、彼を知っていこう。



『仲良くなれるように頑張るね』


以前建前で両親に言った言葉を、今度は本心から願いながら。

少し温くなって伸び始めていた麺を、小気味良い音をたててすすった。


二人で食べた醤油ラーメン
(ずっと思ってたんですけど、丹波さんってETUの丹波選手にそっくりですよね。親戚か何かですか?)
(紛うことなく本人ですよ!?いっそドッペルゲンガーって言われた方がまだマシだ!)
(…え、ほ、本物…!?)
(それもう天然ってレベルを通り越してるよね…)











「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -