『たんさん』


なまえちゃんが幼い頃、彼女の親よりも遊んでいる時間の多かった俺は必然と彼女に懐かれていた。
あの頃は良く笑い、良く泣く感情表現あふれる子だったから散々振り回されたものだ(それが後の若手とも騒げるコミュ力に繋がるとは思いもしなかったが)。


まん丸で真っ黒な瞳をきらきら輝かせて笑う君。
細められているにも関わらず、その輝きは増すばかりで俺は暫し目が眩んでいた。


だからかな、なまえちゃん。

君との思い出はいつまでも眩しく残っていて、俺を優しく包んでくれるんだ。

君の知らないところで、俺は何度も救われていたんだよ。


君と再会してから時を重ねる度に、輝きは強くなって、遂には影を色濃く映し出してしまった。


俺が決して君に見せたくなかった、醜く汚い俺の影を。


一度は逃げようとした。
けれど、それじゃ何も解決しないとどやされたから。
だから、向き合おうと決めた、


のだ、けれども。

…その瞬間から



「…あの笑顔は、反則だろ…」

「?どうしたんすか丹さん」

「やや、何でもないのよ赤崎くん…」

「はぁ」


後半に得た一点を守り抜き、勝利を納めたETU。着実にチームとしての成長を感じるなか、ふと見上げた観客席に捉えた少女。
勝ちへの安堵より衝撃的だった。

なまえちゃんが、観に来てくれてたという事実。

しかも、しかもしかもしかも!
なにさその極上の笑顔は!

ふざけんな可愛すぎるんだっての!
他の誰かに見られたらどうすんだよ!!
破壊力バツグンだろお陰様で直視できねぇよ畜生ありがとうございます!!!

試合終わった後で良かった。あんなの最中に目撃してたら集中出来てなかった、絶対に。

ロッカールールへ戻っても未だに興奮冷めやらずで、赤崎にまで動揺を指摘される始末。
可愛さに悶えてるなんて死んでも言えない、特に後輩には。


つーか俺、マジでどんだけなまえちゃん馬鹿なの。
知ってるけど。



さっき見た笑みは、小さい頃のそれと同じだった。
まるで宝物を手にしたみたいに、心の底から喜びを表す笑顔。普段はあまり感情を出さない君だからこそ、余計にこちらまで惹かれてしまう。

ちっとも変わらない、俺にとって大切な笑顔。


俺は、君に俺自身を何度も救ってもらったから、

だから、君を守りたくて。

だから、俺が抱いてしまった感情が君に迷惑を掛けることを恐れた。


君を守るためなら、俺はいくらでも嘘を吐こう。

いくらでも自分を偽ろう。


(まぁ、その決意は結果として君を傷つけてしまった訳だけども)


でもねなまえちゃん。


本当は………、本当は、すごく、苦しかった。

思ってもいない嘘を貫き通すことが。
押し寄せてくる罪悪感が。

苦しくて苦しくて仕方なかった。


君に、触れられないことがこんなにも辛いなんて。



こんな、嘘で固められた俺だけど。
こんな俺でも、君は向き合ってくれるだろうか。













「今日もお疲れさまっつーことで、今から祝勝会やりません?」

「おっ何々、てことは世良が奢ってくれんのー?ごちになります」

「ちょ!?何でそうなるんスか石神さん!」

「…一応忠告しておくが、明日も練習があることを踏まえて言ってるんだな?」

「も、ももももモチロン冗談っすよ越さん!!」

「あ、俺二日酔いしないタイプなんで大丈夫ですよ」

「石神さん空気読んで!」


日も傾き、吐く息は目に見えて白く寒さを強調させる。ミーティングも済んで、各々がクラブハウスを出る。世良たちの笑えるやり取りを眺めながら、隣にいた同輩に話しかける。


「なぁ堺ー」

「何だよ」


年齢もそれなりに重ねベテランと呼ばれるようになり、自ずと教える立場が多くなった。そんな中、同期がいる俺は幸福者だと思う。こうして相談出来る相手がいるのは素直に嬉しかった。

何よりコイツは、いつでも実直だから。俺には最高のアドバイザーだ。

めんどくさそうにしながらも、ちゃんと聞く態度を示す同輩に苦笑いしながら尋ねる。


「…12歳差って、やっぱり犯罪かなぁ」

「……」

「なんかさ、俺の気持ちがあの子の未来を曲げちゃったらどうしよう、とか色々考えたら止まらねーの」

「…そうかよ」

「こんないい歳したおっさんが情けないよな」


付き合いが長いせいか、堺には不安もさらけ出せてしまう。考える間もなく口から言葉が放られる。
それから暫くして、沈黙は破られた。


「丹波、お前アイツと知り合って何年だ」

「は?…十何年くらい」

「じゃあお前の知るなまえは、お前の気持ちに幻滅したり、そんなお前から逃げるような弱い女なのか」

「…いや」

「どんな下心があろうと、お前だけはアイツを信じねぇとだろうが。大切なら尚更、信じろ。それでお前となまえの関係が一生悪くなるなんてこと、あり得ねぇよ」

余計なことばかり考えやがって、お前ら一回ちゃんとぶつかってみやがれ!

と、終いにはキレられてしまったが、やはり彼の言葉はいつも姿勢を正してくれる。口元に笑みが宿った。


「…おう。ありがとな、堺」

「ふん。…なまえの鍋でチャラにしてやるよ」


それはまた、皆で鍋を囲もうという彼らしい素直じゃない計らい。俺は本当に良い仲間をもったと笑みを深くした。


今日は早く帰ろう。手土産に温かい肉まんでも買って、君と話がしたい。
なまえちゃん、伝えなければならないことが沢山あるんだ。


「あ…?」

ふと、隣の堺が怪訝な声をあげた。視線は真っ直ぐ前を向きながら。俺もそれに倣えば、途端に理由が判明する。


「お疲れさまです。堺さん。…―――丹さん」


長いこと待っていたのだろうか、頬や鼻の頭が赤い。そんな健気な所にも、胸がこそばゆくなる。

そして柄にもなく、緊張して声が掠れた。


「なまえ、ちゃん…」


「すみません。まずは昔話を、聞いてくれませんか?」



眠らなかった茨姫
(現実から逸らさなかった瞳で見えたもの)











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