「えー…みんなが気になってた、うちに下宿してるなまえちゃんです」

「…は、初めまして、みょうじなまえです。先程はお見苦しい所を見せてしまい、すみませんでした…。いやあの本当に申し訳ありません…」


丹さんが連れてきた女の子は、とても大人しくて礼儀正しくて。

さっきまで泣きじゃくっていたとは思えない程に、表情がない子だと思った。




電話口で揉めていたらしく、苛立っていた様子の丹さんが急に血相を変えて店の外へ飛び出したのはついさっき。
当然残された俺達は気になる訳で、先輩の世良さんに煽られた俺は後を追った。

そうして目に入ったのは、泣いている女の子を彼が抱き締めている光景。
その時の丹さんは、普段の明るさがまるで嘘のように静かで、それでいて何かを決意した顔をしていた。


その時俺は、二人だけに許された空間を無粋に覗き見してしまったような気がして後悔した。
けれど、なぜだか目を離せなくて。
後から来た世良さん達と一緒に呆然としていた。


そして俺達に気付いた丹さんが、泣き止みつつある彼女を引き連れて店内に入り、俺達以上に唖然とする仲間に紹介したのが現在。


俺は、すごく、ものすごく、困っている。


「なまえちゃんって言うの?いくつ?」

「じ、19です」

「わっか!大学生だよね?何で丹さんと住んでるの?」

「そ…れは、両親の意向で」

「え!?どういう関係なの!?」

「う…えっと…」


紹介されるやいなや、世良さんや清川さんといった若手に囲まれた彼女。
転校生みたいに質問攻めにされている姿は、誰がどう見ても困っている。


「…あいつらなまえちゃんが困ってんの分かんないのかな?がっつく男は嫌われるぞ?そんなに飢えてんなら合コンでもしろただしウチのなまえちゃん以外で…!」

「………」

その様子を明らかに穏やかでない表情で見守る丹さん、の隣に座る俺、椿大介。
思うことは一つだけ。


(何で、ここに座ったんだ…)


俺の席はベテラン勢のど真ん中。左右に丹さんと堀田さん、向かいに堺さん石神さん。
そこしか空いてなかった結果だけど、素敵に胃が痛い席順である。

自然と感じるプレッシャーに、丹さんの荒れ具合も追加され押し潰されそうになる。
堀田さんが心配してくれたのが唯一の救いだった。


「っ俺連れ戻してくる!」

「引っ込め丹波」

「はぁ!?何でだよ!」


痺れをきらした丹さんがガタンと立ち上がるも、堺さんに厳しく諌められた。
噛みつきの言葉にも平然とした堺さん。今日の二人はとことん険悪だ、とハラハラしながら見つめる。


「どうせ今のお前じゃ暴走するのがオチだろ。向こうには緑川さんもいるんだし、ここでしばらく頭冷やしとけ」

「けど…」

「うるせぇカニ頭だな。だから、お前が動くなっつってんだよ」



『なぁ椿、お姫さまを助けるスーパーマンになってみない?』


堺さんの言葉と、石神さんの口が小さく告げたのは同時。
とても意外な言葉に一瞬固まってしまった。
呑気に堺さんを宥めている石神さんと目が合えば、にっこりと微笑まれる。
脳裏に切なそうに抱き締め合っていた彼女達の姿がよぎると、俺の足は自然に動き出していた。






「なまえちゃん、今日は散々だったな…。まぁ嫌なことは飲んで忘れようぜ!」

「いえまだ未成年ですから結構です…あの、皆さん飲み過ぎでは」

「ちくしょー!無表情でツッコミ入れられたー!なまえちゃんもっと笑ってよー!」

「そんなこと言われましても」




ほら、やっぱり。
無表情なんて嘘じゃないか。

彼女の目はあんなにも強く訴えかけているのに。


「―――あ、のっ!スンマセン!!」

「え、?」

「「椿!?」」


脇目も振らず、彼女の手を引いて逃げ出した。
頭の片隅で、小さな手だな、と思った。
掴んだ手の冷たさに我を取り戻して、ひとまず廊下に出る。
おそるおそる彼女を振り向けば、表情の代わりに揺れた瞳が戸惑いを表していた。


「え…と、い、いきなり連れ出してすみません!俺、椿です!」

「あ、はい。良く存じています。みょうじです。むしろ助かりました、ありがとうございます」

お互いに深々とお辞儀をする。ちょうど交わった瞳の奥は少しやわらかくなっていた。
そして初めて真正面から見て注意を引いたのが、彼女の目尻に残る泣いた赤い跡。


「…丹さんに、会い辛い、ですか?」

「…分からないです」

彼女は苦しそうに呟いて俯く。

「距離感を、置いたのはあの人の方なのに。だから私は気を付けたのに。何度も、なんども。それなのに、無かったみたいに勝手に崩して、待ってて、て。じゃあ私はどうすれば…!」


それは、大人びた彼女の隠された内側だったのかもしれない。
俺は二人の間柄なんて知らないし、特別仲が良い訳でもない(むしろ彼女とは初対面だ)。
けれど、チキンな俺でも言わなければならない事がある。


「…今、無理して理解する必要はないと思う」


ぱっちり開いた目は案外大きい。こんなにも感情が豊かなのに、無表情なんて勿体ないなぁ。

「それは今すぐ答えを出すものじゃないよ。考えて考えて、考えたその先にあるんだ。
みょうじさんは、丹さんが嫌い?」

「いえ…」

「きっとね、知ることってみょうじさんが思ってるより怖いものじゃない」


俺は知ってる。
電話の時もそうだった。君のことを思う丹さんは、すごく優しい目をしているって。

俺は知ってる。
君のために息を切らして走る丹さんを。

俺は知ってる。
丹さんが君って存在をすごく大切にしていることを。


だから、君も。


「逃げないで。ちゃんと丹さんを見て。見えるものをあえて見ないのは、勿体ない…から」

「……」

「って、俺何いって…!?す、すすすいません初対面なのに!生意気ですいません!」

「…ふっ、あははっ」


いつの間にか熱くなって語ってしまい、恥ずかしさと申し訳なさが臨界点を突破した。
当然怒るだろうと謝り倒せば、聞こえたのは笑い声。訳が分からず停止してしまう。


「すみ、すみません。あんまりにも必死に謝られたので…さっきとのギャップが、その…っ」

「…みょうじさん、笑えるんですね」

「?普通に笑えますよ」

「失礼ですけど、よく笑いのツボが変って言われません?」

「え、どうして分かったんですか」

純粋に驚く彼女に笑いがこぼれる。
近づけば近づく程、その魅力が輝く人だと思った。


「…椿さんの仰ったこと、吉田さんにも言われました」

「王子に?」

「二人して反対を向いているから、いつまで経っても答えにたどり着けないんだ、って」

「はは、何かそれ想像つくなぁ」


彼女は軽く微笑んで、俺を見上げる。
綺麗な黒の瞳は、少し揺らいでいたけれど。
奥に見えたかすかな光に安心した。


「ありがとうございます、椿さん。背中を押して頂いて」

「ううん。お世話になってる先輩に笑っていてほしいっていう、俺のおせっかいだから」

「それでも。椿さんがいなかったら、私はきっと丹さんを避けていました」


気付いてくれて、ありがとうございます。

そう言われた時初めて、彼女の笑顔が向けられる彼が少し羨ましく感じた。
それと同時に、早く二人が笑い合えると良いと思った。


「…ありがとう。それじゃあ戻ろっか」

「はい」


隣を歩き出した彼女の姿勢はピンと真っ直ぐで、彼女の心根を表してるかのよう。
何となく、彼が尻に敷かれる未来を想像して口元を緩めた。



もういいかい。
(逃げてきた軌跡を辿っていくまで)




−−−
実は電話の時も、主人公がクラブハウスにやって来た時も見ていた椿さん。
王子も見ていたので、主人公の顔を知っていたという安定の後付け設定。












「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -