すごく…下睫毛です…。



「いやぁ探したよ。酔っていたのかい?待ち合わせ場所から少し離れてるじゃないか」

「え、あの」

「あんた誰?急に」

「全く、あれほど一人で出歩くなって言ったのに…。僕の迎えが遅くて不安にさせてしまったんだね」


すごいやこの下睫毛さん。
私はおろか彼にも喋る隙を与えない。ていうか完全に大河くん無視されてる。

王子様オーラを背負った下睫毛さんは俳優顔負けの美貌を悲し気に歪め、彼から解放された私の手をソッと包み込んだ。
屈んで至近距離で目線を合わせると、後ろの彼に気付かれないよう人差し指を口元に当て、ウインク一つ。
憶測だけどその意図を読み取った私は小さく頷いた。


「ああ、こんなに冷えて…。さ、気味の悪い所は抜けて暖かい家へ帰ろう」

「ちょ、いい加減にっ」

「おや?もしかして君は僕の恋人を送ってくれようとしたのかい?手間を掛けさせたね、でもご覧の通り僕が来たから大丈夫。

…ま、親切心にせよ下心にせよ。嫌がる女の子に無理強いするような下劣な男に僕の代わりが務まるとは思えないな。二度と彼女に近付かないでもらいたいね」


今なら見逃してあげるけど、どうする?

若干低くなったような下睫毛さんの声に、大河くんは苛立ちを隠そうともせず去っていった。
あ、舌打ちした。それしたいのこっちですから。


そして残ったのは静寂と私達。
おもむろに口を開いたのは彼の方だった。


「…災難だったね。大丈夫かな?お姫さま」

「!だっ大丈夫です。あの、ありがとうございました」

「ふふ、間に合って良かったよ」

笑うと一層秀麗さが強調される彼は優しく私の頭を撫でた。
その温かさは、彼の人を思い出させるように侵食してきて。

思わず居もしない彼の名前を呼びそうになった。


(…私は、丹さんに依存してるんだろうか)


自然と浮かんだ言葉に何て独りよがりなんだと顔をしかめる。
そんな重い存在にはなりたくない。

―――それじゃあ私は、彼にとっての何でありたい…?


「タンビーの事でも考えているのかい?」

「たん…?」

「おや、ボクを知らない?ETUのジーノ、君なら分かると思ったんだけど」


君にベタ惚れな同居人のチームメイトだよ、なまえ姫。

そう美しさを惜し気もなく披露する笑顔をたっぷり凝視して、ようやく恩人の正体を把握する。
あれ…この人。
この日本人離れしたような顔立ち…。




「……吉田さん…?」

「………うん、まぁ…」



何故か苦い表情をした吉田さんと、パニック状態でそんなことは気付きもしない私に訪れた微妙な沈黙を嘲笑うかのように冷たい風が吹き付けた。








夜のネオンに照らされて光沢を煌めかせる真っ赤なマセラティ。
とても私のような一般人がお目にかかれるような物ではない。
本来なら珍しい外車に感慨深い感情を覚えるものだけど、残念ながらこの時の私には余裕など微塵もなかったのだ。


「いや、本当いいですって。一人で帰れます」

「か弱いレディを守るのは当然さ。遠慮する事ないよ」

「遠慮ではなくれっきとした拒否ですが」

「へぇ、そっちが素なんだ?気の強い女性も嫌いじゃないよ。でも…」


この状況を簡単に言うと、吉田さんが家まで送ると申し出てマセラティに乗せようとしているのを私が全力で回避している所です。
毒を吐いても彼には無意味らしい。
確かにETUの重鎮の一人でもある彼に会えたのは非常に嬉しい。けれどタイミングが悪かった。

これ以上、しかも丹さんの仲間にまで迷惑を掛けてしまったら、私は今度こそ彼に会わす顔がなくなってしまう。
何とか逃走を試みるも、吉田さんは笑顔とは裏腹な厳しい声音で私を諌めた。



「でも、遠慮と虚勢は違う。今さっきまでの自分をよく振り返ってから反論するんだね」


どこか怒っているような、ピンと張り詰められた声音と視線は、しっかりと私を射ている。
そう言われて頭を巡ったのは何も出来なかった無力な己の姿。
今さらになって恐怖感が震えを伴いやって来た。


「…ごめん、なさい」

「分かったならいいんだ。さ、帰ろう」


促され助手席に座ると、少し香ったフレグランスの匂いに違和感を感じた。
あの人の車は、いつも何の匂いがしてたっけ。

ひどく私を安心させる、あの香りは。



(…あれ、吉田さん、家の場所知ってるんですか)
(ジーノね。勿論さ。心配しなくとも君の王子の元に送り届けるよ)
(あれ、微妙に会話が噛み合ってない気がするんですが。吉田さん)
(ジーノだよ)












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