すっかり黒に侵食され、仄かに灯る街灯だけを頼りに歩く小路。
シンとした空気の中で考えるのはやはり丹さんの事。
(やっぱり、このままギクシャクするのは嫌だ。訳を聞いて、きちんと謝ろう)
かわされるなら何度でも引き留めよう。
そう決意した瞬間、驚きが過る。
「…私、こんなに丹さんに執着してたんだ」
大体“面倒くさい”が口をつく自分が、たった一人の一挙一動に取り乱すなんて。
いやまぁ、親しみのある人には嫌われたくないよね。
いくら無関心と言えどそれは無くしちゃいけない普通の感情だしね。
そう無理やり結論付けている私は、とても不自然に感じた。
「なまえちゃん?」
「た―――」
彼と同じ呼び方に一寸胸を高鳴らせたが、振り向いて軽く失望感を抱く。
後ろからやって来たのは、先程まであの合コンに参加していた誰か。名前は最初から覚えていない。
「…ええと」
「大河だよ、タイガ。なまえちゃんの正面に座ってたんだけど…」
「あー…、すみません。それで、何かご用が?」
失礼な態度をとる私に対して爽やかに笑う大河さん。
暗闇でもよく目立つ整った顔立ちである。確か友人が狙ってたような。
「いや、こんな夜道に女の子の一人歩きは危ないだろ。送って行こうと思って」
「いりません。さようなら」
「わぁ即答」
「…何で着いてくるんですか」
「だって俺の家もこっちだから」
うわ嘘くさい。その笑顔、綺麗だけど目が笑ってないですよ。
そういえば最近の丹さんもこんな笑い顔しか見てないな、と不意に思った。
頑なに隠そうとする、完璧な作り笑い。私はその内側に入り込む事が出来なくて、いつも一定距離を保ってきた。
だって彼は踏み込むのを良しとしないだろうから。
それ以上に、進めば何かが変わってしまうのを、私が恐れているから。
だけど、私は―――
「なまえちゃーん?」
テノールボイスに顔を上げる。いけない、集中すると周りが見えなくなるのは悪い癖だ。
見上げた大河さんは、相変わらずの食えない笑みで私を見ていた。
「あのね、俺んちもうすぐなんだ」
「そうですか、では」
「いやいや。車出すからなまえちゃんちまで送らせてよ」
「結構です」
「つれないなぁ。あ!なら泊まっていきなよ、ね!うち広いし」
ね、の意味が分かりません。日本語は正しく使って下さい。ていうかあなた帰らせる気がないでしょう明らかに。
だめだ、完全に苦手なタイプ。
「あなたの家に泊まる位なら野宿します」
「まぁまぁそう言わずに。実は俺ずっとなまえちゃん狙っててさー、今回の合コンも無理言ってセッティングしてもらったんだよね」
「(お前か諸悪の根源は!!)」
腕を掴まれた途端ゾッと背筋が凍る。
怖い、と言う感情が内から吹き出るような嫌悪感。
さっきまでは気丈に対応出来たのに、触れられると声も満足に出せず、代わりにヒュッと乾いた音がもれた。
「ほら、震えてるじゃん。外は寒いから一度室内に入ろう?」
温かみは一切感じられない冷たい笑顔で強引に引かれ、抵抗すれども大した効果はなく。
最悪の展開しか浮かばない絶望的状態で、必死に呼んだのは彼の名前。
「…った、たん、さ……!」
「―――やぁ、待たせたねお姫さま」
ぐい、と優しく引き寄せられて温もりが包む。
私の視界を遮るように庇ってくれた人を見ると、日本人離れしたイケメンのお兄さんが私に向かって微笑んでいた。
これぞ本当の王子様
(…下睫毛、長い)