「たーんばー」

「はい?何ですか監督」


珍しいッスね、と付け加えて更衣室に入って来た声の主に向き合う。
だって同じポジションの奴らや世代の奴らというグループで助言、指示を受ける事はあれど。
試合の時でもなければ俺個人が監督に呼び出されるなんて滅多にない。


練習はちょうど休憩に入った所であり、俺はこれから広報担当者に頼まれたアンケートの回答を提出しなければならない。
俺以外はみんな真面目に期限内に出したらしく、今日中に持ってこいと有里からの(恐ろしい)お達しを賜ってしまった。

触らぬ神になんとやら、早く彼女の元に行かなければと急いでいた俺は飄々としながらも若干の焦りを抱える。



「お前さ、今日有里んトコ行かなきゃだろ」

「はぁ…だから今急いでるんですよ」


アイツ怒ると怖ぇからなー、と軽く笑う彼。主な原因はアンタですがね、とは思うだけに留めておいた。
この人もあの子の怖さは知っているだろうに、何で俺を引き留めるのか。
それとなく訴えてみたが、彼は口元をにやつかせるだけ。

何これ新手のプレイ?

すると監督はおもむろに俺の鞄を指差した。


あ、何か悪い顔してる。


「果たして本当にそれを持ってきたでしょーか?」

「当たり前ッスよ!昨日ちゃんと確認して―――」


自信満々に中身を探っても、それらしい感触には全く辿り着かない。
いやそんなまさか。


いやいや…。

いやいやいやいやいや…!


「嘘…だろ…!?」

「ハッハッハ、まぁ良くあるよね」


ドンマイ、と言いつつ笑い続ける監督の前に崩れ落ちている俺の肩へ、石神がそっと手を置いた。
けれど俺は応える気にもなれない。なぜならコイツも笑っているからだ。

野次馬をしていた奴らからも憐れみの視線をもらっちゃって久々に泣きそうだよ丹さんは。


俺年上だぞ、お前らより先輩だぞ!


「泣くなよ、そんな哀れな丹波くんに救世主が現れたんだぜ?」

「きゅうせい…しゅ?」

「ん、女神さまって言った方が正しいか?」

「…まさか、」


一旦家に帰るのは面倒だなぁ、と気落ちしていた気分は監督の爆弾発言によりたちまち流れた。

その含み笑いにより確信したある人物。
今はもう彼女の姿しか思い浮かばない。

徹夜でレポートを書いて疲れていたにも関わらず、朝食を作って見送ってくれた彼女。
いってらっしゃい、その一言にどれだけあたたかい気持ちをもらったことか。


俺は監督の言葉もそこそこに廊下を駆け出す。
悪い有里、今日だけは許してくれ!


「健気だよな。眠い目擦りながらお前の事待ってたよ」


ええそうでしょう、うちのなまえちゃんってばめっちゃ健気で気配り上手で家庭的でツンドラだけどたまに見せるデレが半端なく可愛いんですよ監督!
















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