外国で言えば赤毛のアン、アルプスの少女ハイジ。

日本なら魔女の宅急便の話を思い出す。

彼女たちは親元から離れて知らない街で他人と共同生活する代表的な人物の一例。

その過程で色々な人々と関わり合い成長を遂げていき、最終的には『血は繋がっていなくとも私達は家族!』みたいなハッピーエンドを迎える訳だ。


先に言っておくが私の両親は健在である。
パフェに蜂蜜と黒蜜とキャラメルとチョコと水飴をかけても敵わない位のラブラブっぷりで私は間接的に糖尿病予備軍だ。
全くもって迷惑極まりない。


けれども両親は私にもきちんと愛を注いでくれた。
そのおかげで私はグレる事なく平凡な人生を送って来れたのだ(多少物事に無関心な性格ではあるが)


みょうじなまえ、御歳18。
今年から大学生になります。



「…なまえちゃん、今何て言ったのかしら?」

「お母さん…あの、だから一人暮らしを」

「認めん、断固拒否する!」

「即答ですかお父さん」


怖い剣幕でテーブルを叩いた父により料理の乗ったお皿が揺れる。
普段ならそれを「もう、パパったら〜」とのんびりした口調で雰囲気を直す母も今回は真っ青な顔で口を押さえている。


いやいや待て待て。
おかしくないか、その反応。

「え…だって、私もう18だよ?大学生なんだし、親元を離れても…」

「そんなにパパ達が嫌いか!?」

「そんな…っなまえちゃん、不満な所は言ってちょうだい!?ママ達ちゃんと直すから!!」

「いやあの何て言うか」


その犬も食わないどころか吐き出してしまうような夫婦愛が嫌だとか言えないでしょうよ。

なかなか告げられない内容に口ごもること数分。
その間にも二人の妄想はどんどん膨らんでいく。


「可愛い可愛いなまえちゃんが一人暮らしなんて…よからぬ事に巻き込まれたらママは生きていけないわ!!」

「なまえ、パパとママを悲しませないでくれ!ママが生きていけないならパパだって…!」

「パパ…!」

「ママ…!」

「あの…聞いてます?」


瞬く間に二人の世界に入ってしまい置いてきぼりを喰らう私。
いつものことなので焦らず満足するまで読書をして待つ。


冒頭でも語ったが、私は別に両親が嫌いではない。
ただ、20年近くバカップル劇場を見せつけられるのが少し憚られるだけで。

恋人のいない私としては非常に居たたまれない気持ちになるのだ。

それに、ここまで育ててくれたせめてものお礼として二人っきりで存分にイチャイチャさせてあげたい、という娘なりの気遣いでもある。

両親の許可を得るのに一ヶ月もかかったバイトで貯めたお金もあるし、何の心配もないのに。


「どうして離れて行こうとするの〜!?死ぬまで一緒に居ましょうよ!」

「いや。その発言はちょっと怖いかな」


重い、愛が重い。
平行線を辿る論議に頭を抱えた。

しかしこのままだとなんやかんやで丸め込まれてしまうに決まってる。

私は何としても一人立ちしたいのだ。
いつまでも親に甘えるなんてプライドが許さない。

意を決して口を開いた。


「二人が私を心配してくれてるのは凄く嬉しいよ。けど、だからってそれに甘んじてちゃいけないと思う。もっと広い視野を持ちたいの」


だからお願いします、と頭を下げると流石の二人も黙って私の話を聞いていた。


「…顔を上げなさい、なまえ」

珍しく固い父の声が頭上に降りかかる。
恐る恐る視線を上げると、厳しい面持ちの両親が見えた。


「お前は昔から何でも一人でやろうとして全然パパ達を頼ってくれなかったからいつも不安だったんだ」

「でもそうね…それがなまえちゃんにとっての甘えになるのなら」


途端に二人は優しく相貌を崩す。
その目は慈愛に満ちていた。


「あまりママ達にやきもきさせないでね?」

少女のような悪戯っぽい笑みが似合う母に、呆気にとられて言葉が詰まる。


「…!あ、ありが」


しかし。
どうやら私の常識と両親の常識にはえらい違いがあるらしい。

次に続いた父の恐ろしい通告を受け、私の笑顔は引きつった。


「なまえがそう言うと思って、パパが下宿先を用意しておいたぞ!」

「良かったわね〜なまえちゃん」

「う……はぁ?」


今何て仰いましたご両人。

下 宿 先 だ と ?


一度整理をしよう。

私がしたいのは一人暮らしであって、誰かと暮らす居候などではない。

しかも全部先手を打ってくれやがって本当に余計なお世話を…!
それって結局甘えてることになるんですよ知ってます?


「え、ちょっと、な、なん、」

「何だ?お礼なんかいらないぞー?パパ達からの巣立ちのお祝いみたいなものさ」

「下宿先の人はね、パパ達の昔からの知り合いなの。とっても良い人だから安心してちょうだいな」

「いや、え?違っ何」

「なまえ、サッカー好きだろう?その人もサッカーに詳しいから話が合うだろうな」

「好きだけど…勝手に」

何でも決めないで、その言葉は声にならずに呑み込まれた。

「ママ達が知っている人の所なら安心して送り出せるわ。なまえちゃん、無理はしないで、いつでも戻ってきて良いんだからね…?」


瞳を潤ませながら哀愁漂わせる母をそっと抱き寄せる父。
なんだこのちんけなドラマは。


けれど解った事が一つある。


「(最初からこれを狙ってたのか…)」


わざと私が嫌がる条件を出して根を上げさせようと言う魂胆らしい。
そこまでして一人暮らしさせたくないのか。
我が親ながら恐ろしい。


だがそうまでされたら対抗心に火が灯くものだ。


「…うん、わざわざありがとう。仲良くなれるよう頑張るね」


挑戦状を貰ったならば受けて立つのが江戸っ子の心意気。
嘘くさい笑みを全開にして、私は数日後に家を出た。



さらば愛の揺りかご
(ちょっと二人とも泣き止んでってば!ああもうほら鼻かんでお父さん、化粧崩れるよお母さん!もう行くからね、本当に行くからね!?…で、電話するから…!)



「…はぁ、移動より出発の方が疲れた。えーとこの辺りのハズ…」

持たされた地図を照らし合わせながらマンションの表札を確認していく。

暫く歩くと、どうやら目的地に着いた模様。

「んんー…“丹波”、合ってるよね?」


高鳴ってきた緊張を深呼吸でほぐし、そっとインターホンを鳴らした。



これが私と彼の出会い。












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