「まだー?腹へったよお袋」
「お前みてーなむさ苦しい酔っ払い育てた覚えねぇよ。先に飲みやがって」
「ガミさん、食べたかったらさっさとコレ運んで下さい」
絡む石神さんを華麗にかわして上手く使っている二人に尊敬の念は強まっていく。
オカン…と思うのも仕方ないと密かに同意した。
三人が食器やらを持っていってくれている内に器具の洗い物を済ませると、ペタペタ足音を鳴らしながら再び石神さんが。
「なまえ、ご苦労様。他に運ぶのある?」
「いえ、後これだけですから大丈夫です」
お酒の追加と私のお茶を乗せたお盆を示し、彼の方へ向かう。
だが彼は一向に動く気配を見せない。
不思議に思って名前を呼ぼうとすれば、被さるように先を越された。
「大勢のが楽しいんでしょ?なら四人が五人になった位気にする事ないって」
…は?何が。
意味が分からず思いきり顔をしかめて見上げた石神さんは、こっちが気まずくなる程真っ直ぐ私を見ていた。
そこでようやく鍋の話だと答えが出て、彼なりに気を遣ってくれたのだと予想する。
見た目に反して鋭い…。
「…ありがとう、ございます」
「どういたしましてー。ていうか大歓迎だから!やっと華が来てくれて嬉しいんだぜ?」
「…華らしい事は出来ませんがね」
「んなことないよ」
「確かに気後れしたけど、それ以上に鍋への執着が勝ったって言っても華ですか」
だって下仁田ネギ食べたかったんだ。
開き直って石神さんに視線をやると、
「…っあははは!正に花より団子!もうなまえサイコー!」
また吹き出された。
小馬鹿にした笑い方が丹さんよりムカつく。
小刻みに震えている酔っ払いに冷たい目をよこせば、まだ笑いを引き摺ったままの顔で誠意のない謝罪をされた。
「ですから、私に華の要素なんて皆無ですから求めないで下さい」
「あー…ま、そうかもしんないけど」
素直ですねこのやろう。
口には出さずにいるとスッと手の重量感が消える。
下を見ればお盆が無く、それは石神さんの手に渡っていた。
「石神さん?」
「でもな、今は咲かないだけで。
皆の華じゃないだけで。
ひょっとしたら、誰かの蕾にはなってるかもよ」
「酔っ払いの言うことは信じられませんね…」
意味深に笑う彼は呆れ返る私の頭をぽんぽん撫でた。
その時後ろに引かれる体。
緩やかに受け止められた感覚とは反対に、不機嫌そうな声音が頭上を通る。
「いーしーがーみー?なまえちゃんに何してたのかな?」
「何で俺が悪い前提なの。フツーに親睦深めてただけじゃん」
「うちのなまえちゃんに軽々しく触んな。石神菌がうつる!」
「わー丹さんヒドイ。なまえ慰めてー」
「だから触んなって!なまえちゃんを撫でて良いのは俺だけ!」
「いや勝手に決めないでくれません。あの、出来れば丹さんも離して下さい…お酒臭い」
嘘泣きする石神さんは無視して私の肩を抱いている丹さんに告げれば、こっちは本当に泣きそうで唖然とする。
何だもう面倒くさいなこのおっさん達。
丹さんは動きそうもないし、石神さんは助けてくれそうもないし(ニヤニヤすんな)、
何より早くお鍋にありつきたい。
「…私、丹さんに頭撫でられるの結構好きですよ。だからそんなに落ち込まないで下さい。ほら、お鍋食べましょう?」
自分より大きな手をとってお鍋の部屋へ引いていく。
案外すんなり歩き出した彼を振り返れば、何故だか満面の笑みを浮かべていた。
「何ですか、不気味です」
「ん?なまえちゃんと手が繋げてるから!」
「あなたの足元がふらふら覚束ないからでしょう。食べる前からそんなに飲んじゃダメですよ」
「気分が良いと酔いの回りが早いの!」
「なまえもお袋体質だよなー」
「年齢に見合った発言をして下さい丹さん。誰のせいでこうなったと思ってるんですか石神さん」
今日で大分石神さんのイメージが変わった。もちろん悪い方向に。
お盆を持ってもらっているのに抵抗がなくなって良かったけど。
丹さんは…もうどうしようもないと諦めた。
ため息を吐いて歩みを進めれば、繋がれた手に力が入る。
「なまえちゃん」
「はい」
それは確かに、きちんと焦点が定まった黒の瞳。
頭部に温かい重みが乗せられる。
石神さんとは全然違う優しい感触。
「連れてきてくれてありがと」
襖を開いて鍋と堺さん達が待機している炬燵部屋に入る足取りはとてもしっかりしていて、酔っ払いのそれとは到底思えない。
一瞬強く握られてあっという間に離れた私の手は、洗い物をしていた筈なのに熱を持っていた。
いや、丹さんは酔っても分かりにくい人だからきっとべろんべろんに酔っている。
明日になったら絶対忘れているに違いない。
だから勘違いするな。
動悸を起こすだけ時間の無駄だ。
それでも私は石神さんに呼ばれるまでその場から動けなかった。
どっちつかずの行動に
(振り回されるのは御免だ)