「丹さん彼女出来たんスか?」


ある日の練習終わり。
ロッカールームでとりとめもない話をしながら着替えていると、元気溢れる若手の一人、世良が目を爛々と煌めかせて尋ねてきた。
その該当者である俺は突拍子のない質問に暫し停止する。


「…何だぁいきなり?まだフリーよ俺は」


脱ぎかけた練習着をバサッと脱いで答えれば、世良は驚きを深くして喰い掛かってきた。



「ええー!?嘘だぁ!だって丹さん今年になってから直帰多いじゃないッスか!絶対恋人いるでしょ!」

「いやいないってマジで」

「その間にも着々と帰る準備進めてるじゃん丹さん」


騒ぐ後輩を尻目に身支度を整えていると、黙って成り行きを見守っていた石神に指摘され言葉に詰まる。

まぁ確かに誤解されても仕方ないんだけど誤解なんだなこれが。
苦笑いで後輩を見れば何故かチームの大半が興味深そうに俺に視線を向けていた。

いやん聡恥ずかしい。



「何々お前らそんなに気になる?悪いけど俺にソッチの気は…」

「気味悪ぃ事言うんじゃねぇよ馬鹿野郎!」

「痛っ!冗談でしょ堺くんの真面目!」


容赦ないチョップがど真ん中でヒット。
話逸らそうとすんな!と同期から痛い制裁を受けた事により話題が戻ってきてしまった。
心の中で舌打ちして、何とか切り抜けようと試みるが、それは敢えなく失敗に終わる。


「…どうせなまえの事だろ」

「ちょ、堺お前…!」

「!!やっぱり彼女じゃないスか丹さん!!」


ぼそりと呟かれたまさかの発言に焦りを隠せなかった。
こんな時ばかり目敏く耳に入れている後輩を少し恨めしく思う。
しかし火種となった堺本人が我関せず状態なのが一番恨めしい。



「丹さんなまえって誰スか!?彼女ですよね!」

「いやいや違うんだって、落ち着けな?」

「違うよ世良ー、それじゃあ丹さんがロリコンになっちゃうだろ」

「ええっ!?いくつなんスか彼女!」

「だから彼女じゃないし石神もう黙ってくんない!」


よりによって面倒くさいコンビに絡まれ、益々脱出が難しくなった状況に嫌気がさす。
この中で事実を知っている筈のベテラン三人。

俺がこんなに困っているというのに、後輩と結託して追い詰めてきたり、発端となった癖にとっとと用意を終えて帰ってしまったり、意地でも関わらないオーラを纏ってわざとらしく顔を背けたり。


何でフォローの一つもないんだよお前ら!
特に堺ふざけんな『タイムセールに間に合わねぇ』って言ったのちゃっかり聞こえてんだよこの副職主夫め!

くっそもうウチで鍋やんの禁止にするぞ!
沙雪ちゃんの絶品肉団子と特製ゆずポン酢食わせてやんねーからな!


そう変な方向に怒りを燃やしていたが、それは突如空気を揺らした機械的なメロディーによって一旦消火された。
しかも発生源は俺の携帯。
これで逃げられる、と希望を見出だした俺は後輩を振り切り嬉々として通話ボタンに手を掛けた。


あまりに必死で着信相手の名前も確認せずに。




「もしもーしっ?」

『あ、丹さん。なまえです』

「えっなまえちゃ…!?」



一瞬にして停止する思考と笑顔。
運が良いと思っていたが今日は厄日のようだ。
見事に打ち砕かれた期待は更に絶望を引き連れる。



「お。世良ー、丹さん丁度溺愛彼女と電話中みたいだぞ」

「うはーっまじすか!」

「ちょ、シッシッ!通話の邪魔しないでくれる?」


ていうか彼女違うから。
問題児が興味津々といった様子で近づいて来るから堪ったもんじゃない。
なまえちゃんに聞こえないよう通話口を押さえて追い払うと、石神が不満そうに訴えた。


「丹さんさー、前も思ったけど違うなら何でそんな隠すのさ。下宿させてる子なら、別に知られてもなんら問題ないじゃん?」


他意ない純粋な疑問に俺はまたフリーズ。


(…あれ、確かにそうか)


石神の言葉は至極正論だ。
おかしいのはむしろ俺自身。


別に恋人でもないんだし、恋人がいた時の俺はこんな風に必死で存在を隠したりはしなかった筈。
それどころか自慢していた気がする。



え、どうした聡。

何で、俺は…。



(なまえちゃんを、他の誰かに知られたくなかった…?)



頭をちらりと覗かせた“何か”に気付いてしまいそうで途端に背筋が凍る。

…違う。



「…ばーか。また大勢で家に押し掛けられても困るからだっつの」

ぶーぶー文句をたれる二人に笑みを返し、邪念を捨てやる。
違う、そんなじゃない。


だって、ありえないだろ。


なまえちゃんは、恩人の愛娘。

それ以上でも以下でもないんだから。




「得意技は知らんぷり」
(世の中そんなもんで溢れてるんだ。俺もやったって構わないだろ)












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