丹さんが知り合いから良いお葱を貰ったとメールをくれた。

添えつきの写真をみればなんと下仁田ネギじゃないですか奥さん。
思わず興奮してしまい、講義中にも関わらずガッツポーズを披露してしまったのは一生の恥だけれど。


じゃあ夕飯は焼きネギにしましょうか、と返信したら「鍋もしたい」とのことだったのでスーパーで材料を買ってから帰宅した。



「ただいま帰りました。遅くなってすみません」

扉を開くと、間延びした声が私を迎え入れる―――と思っていた。


「「おっかえり〜」」


…はて私は疲れているのかな。
今丹さんの声が二重に聞こえたとか。
二重にイラッとしたとか。


まさか。
分裂…、その二文字はさすがに否定するとして。


頭を巡らせ考えに耽っていて玄関から動けずにいた私の方へやって来たのは、やはり二人分の足音。



「いしがみくーん?何でついてくるのかなー?」

「だって丹さんが手込めにしたって子、早く見たいんだもん」

「してないから!預かってる娘さんなのって散々説明したろうが!」


普段より倍うるさい声に向かって視線を合わせれば、まずここの家主が現れて。



「お帰りなまえちゃん。まず謝らせて、ごめんね…」

「初めまして。石神達雄でーす」


申し訳なさそうな丹さんの隣に、凄く覚えのある姿が並ぶ。
私は一度瞬きした後、彼を見つめてから丹さんに問いかけた。



「えーと、そっくりさ」

「そっくりさんじゃなくて本人だからね?俺が本物って知っててそう言う?」

「…まじで生ですか」

「ぶっっは!な、生って…っ」


…どうやら夢ではないらしい。
呆れる丹さんの横で爆笑する生石神さんを尻目に、私のちっぽけな脳内は更に興奮で埋め尽くされていた。





****


「君がなまえちゃん?初めまして。俺は堀田賢二です、よろしく」

「…堺良則だ」

「みょうじ、なまえです。よろしくお願いいたします」


どうしよう。
人生でベスト10に入るくらい緊張してます。

だって、だって、今目の前に座っている人達は、私が憧れてやまなかったサッカー選手。
いくらテンションの一定さに定評のある私でも硬直化してしまう。

石神さんだけではなく堺さんや堀田さんまでも勢揃いとは私を殺す気ですか。



「なまえちゃーん?息してる?」

「…丹さん、人間って緊張と喜びが大き過ぎると死ねますよ。今現在進行形で死にそうです」

「なら表情をそれらしくしなさい!相変わらず面に出ないんだから全く!」


震える手と滝のように流れる汗を見て相手は困惑していたけど、私達の会話で理解してくれたのか苦笑いを溢したのが見えた。


「悪いな、急に押し掛けたりして」

「鍋やるって聞いたからつい…」

「め、滅相もないです!鍋は大勢の方が楽しいですし」


不意に謝罪を述べられては慌てて訂正する言葉に力がこもる。
彼らの落ち着きようから察するに、このメンバーで行動する事が多かったのだろう。
私が来る前はきっとこの四人で鍋をつついていたに違いない。


…どう考えても邪魔者は私じゃないか。



「…なまえちゃん?」

「あ…すみません、直ぐに準備しますね」


ネガティブ思考に沈む前に台所へ逃げた。
しかし何故か後ろに迫る二つの気配。
おいおいどうして堺さんと堀田さんがついてきてるんだ。


「お詫びに何か手伝うよ」

「料理は得意だから心配すんな」

「いえいえお客様なんですから座っていて下さい…!」


遠慮したのに堀田さんの微笑みと堺さんの眼力を受けた私は何も言えなくなってしまう。
しかも二人の手つきが鮮やか過ぎたため、大人しく厚意に甘えさせてもらった。


「…肉団子、手作りなのか」

「あ、はい。刻んだ蓮根を入れて食感を良くして、柚子の皮を混ぜて香りをつけるんです」

「へぇ、柚子ポン酢に使ったやつの有効利用だな」

「やっぱり冬のお鍋には生姜か柚子ですから」

「ふん…分かってるじゃねぇか」


最初の緊張感がまるで嘘のようにお料理談義で花を咲かせた堺さんと私。



「あの人らも良い年なんだから少しは自重して欲しいというか…。日に日に暴走を増してくのは勘弁だ。誰が尻拭いするんだって考えて欲しいよ」

「ああ…分かりますその気持ち(両親を思い出す)」

「若いのに大変だなぁ」

「いえ堀田さんに比べたら…」


苦労話に付き合ったら堀田さんに親近感を持たれた。
短時間で縮まった距離に内心驚いていると、既に下準備は終了し運ぶだけとなる。
タイミング良く出現したのはほんのり赤い石神さん。














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