「え…新しい監督、ですか?」





丹さんとの生活も半年以上が過ぎ、ようやく慣れという感覚が身に付いた頃。

彼が振ってきた話題によって私の周囲がまた著しく変わる事になろうとは、この時点ではまだ知る由もなく。


へらー、と笑う丹さんのグラスにビールを注ぐと、彼はそれを一口飲んだ後に詳細を述べた。



「そ。初っぱなから延々とダッシュさせたり若手をレギュラーに抜擢したりね」

「…それはまた奇抜な事をしますね」

「達海猛」

「はい?」

「我らがETUの救世主の名前。新監督として帰ってきたんだよ」



自分の中で状況を纏めるのに必死で相槌も打てなかった。



(あの、達海さんが…?)


いつも輝いていた、大きな背中。
私はテレビからいつも彼の活躍を追っていた。


「んー?なまえちゃん、感激で声も出ない?」

「…達海さんは、お元気でしたか…?」


彼は海外に行った後の初試合で負傷して以来メディアで見ることは無くなった。
選手じゃなく監督として戻って来たのは、やはりプレイが出来ない理由があるのだろう。


私をサッカーの世界に引き込んでくれたのは丹さんだ。
けれど達海さんは、サッカーの魅力を体現し続けた私の憧れの人でもある。
彼が引退してから、ずっと消息が気がかりだった。



「…俺が見た限りじゃ元気そうだったよ。コシさんやクロの反発なんかものともしてなかったし」

「そうですか…良かった」


丹さんの解答に安堵の息を吐く。
知らぬ間に口元が緩んでいたらしく、何故か不機嫌そうな彼に片頬を摘ままれた。


「…なんれふか」

「べっつにぃー?俺というものがありながらなまえちゃん、監督の心配するから」

「……」

「止めてそんな物凄く残念な人を見るような視線!」


可愛いけど可愛くねぇのー、なんてぷりぷり怒ってる彼は放っておいて。
こんな子供に冗談言って何が楽しいんだか…とリモコンを手に取りチャンネルを変えていく。
ちなみに未だつねられたままで。


「まぁでもね、あの人の腕は確かだよ。…油断してたとはいってもベテランが若手から点を取られたし。…あー、世代交代の時期なのかなーって」


声の調子が少し低い。
リモコンのボタンを押す手を止めて発言の主を見上げる。

どこか憂いを帯びた横顔は、普段の丹さんとあまり結び付かない。
きっと今彼の中では私の知り得ない様々な思いが交錯しているんだと思う。


憶測だけれど一緒に暮らして気付いた事がある。



彼は変化を恐れる人だ。
身の回りに降りかかる大きな変化は特に。


私はその逆だから、(変わろうが変わらまいがどうでもいい)彼の考えはよく分からない。
男の人には色々あるのだろうと思ったので詮索する気もないが。

でも、


「…いひゃい、」

「――――っ、ごめん!忘れてた!」



思案するなら手を放してからにしてほしかったです。
ヒリヒリと痛む箇所を押さえる私と、必死に謝ってくる丹さん。



「…丹さん」

「本当ごめんなまえちゃん!このとおり…」

「自分の価値を見誤らないで下さい」



両手を顔の前で合わせている彼が目を点にして上を向いた。


「若手にちょっとしてやられた位で落ち込むなんて格好悪いですよ。達海さんは世代交代なんて思ってないでしょう、若手とベテランに切磋琢磨して欲しいんじゃないんですか?丹さんだって必要なんです、絶対に」



言い終わった後、自分で自分の言葉に驚いた。

こんなこと言うつもりなかったのに。


丹さんが自分を否定するような発言をするから、つい口を滑らせてしまった。
よく知りもしない癖にって言われるかも…。


「…なまえちゃん」

「…は、い」


怒られる、身構えた瞬間に感じたのは大きな手の感触。
びっくりする暇もなく、カクテルよろしくシェイクされる頭。
ぐらんぐらんと視界が回転する中かろうじて確認出来たのは、僅かに照れた様子のいつもの丹さんスマイルだけ。


「やっぱなまえちゃんすげーな。うん、将来シスターになりなよ」

「うち仏教なんで無理です」

「ははっそうなんだ」


ケラケラとひとしきり笑い終えた彼は、私を正面から覗く。


「ありがと」


短い言葉だからこそ込められた気持ちに私まで笑みが伝染した。
目を細めた丹さんは、再び私の方に手を近付ける。
また撫でられるのかな、と抵抗せずにいたらそれは途中で引っ込められた。


「?」

「…いや、何でも。うしっ明日から今まで以上に若手に絡んでやるか!」

「何の嫌がらせですか。その人達に同情します」

「誤解だよなまえちゃん!俺なりのスキンシップだって!」

「知ってます?そういう勘違いが上下関係の軋轢を生むんですよ」

「なまえちゃんのツンドラめーー!!」



(嘘)泣き崩れる丹さんに頬っぺたのお返しです、と追い討ちをかける。
相変わらずのオーバーリアクションに内心ホッとした。


「頑張ってくれないと私が困ります。丹さんの活躍を楽しみにしてるのはファンの人だけではないんですから」

「…そんな超殺し文句どこで覚えてきたのなまえちゃん!ねぇちょっと聞いてるー!?俺の方見てー!!」



テレビ画面に目を向けつつ呟いたのでその時の相手の表情は分からない。
けど声音はしっかりしていたので、少しでも元気になってくれたら嬉しいと思った。



笑顔が一番!
(それは最も貴方に相応しい)












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