スープ一杯分の孤独とスープ二杯目の温もりB


「それで、どうやったら目覚めるんだ?」
「体力も戻っていますし、もうすぐ目覚めますよ」
「寝過ぎて脳味噌溶けちまうんじゃねぇのか?起こしちまえよ」
「いえ、放っておきましょう」

 バーダックが不意に問いかければ、部屋の入り口で皆の後ろ姿を見守っていた悟飯が応えた。思わず振り向いて来る悟空達に悟飯は苦笑を禁じ得ず、眼鏡の位置をなおしながら続けた。

「べジータさんが言っていたでしょう。無理に事を進めるのはよくありません」
「なら、起きるまで待たなきゃいけねぇのかよ」
「ええ。だから、誘き出すんです」

 悟飯の言葉が理解できない悟空達に、悟飯はある提案をした。デンデは先に悟飯と話し合っていたのか、喜んで持っていた地図を広げた。
この場に居る皆で、後から来る悟天とトランクスも協力して地図に示された場所へと指示する。
 各自行くべき場所を確認すると皆は頷き合い、部屋を出てゆく。
皆、カカロットの為に動いてくれていた。それなのに当の本人はまだ目覚めてくれない。
 皆を見送る中、一人だけ此方を窺う視線を向けて来る悟空にチチは気付いた。
頼みたい事があると、チチに耳打ちする悟空。
デンデが首を傾げている隣で、悟空の言葉に彼女も嬉しそうに微笑んでその話に乗った。

 

 目覚めを促す様に、様々な人の指先が触れて来る。
 石鹸の香りがする指先や、かさついているけれど暖かくて大きな掌、まるで悪戯でもしてくる様な小さな手、すべての掌が自分を受け入れてくれる様な。
 身体が軽い。瞼は重くない。繰り返し見ていた辛い夢は薄れ、心も軽くなる。
 重い瞼を懸命に開いて、濁った視界が鮮明になると薄暗い部屋が見える。
 顔を横にして吃驚したのは、眼と鼻の先にいた熊のぬいぐるみだった。夢の中にも居たぬいぐるみはもっと大きかった筈だが、自分が小さかったのかそれともぬいぐるみが大きくなったのかも判断が出来ないほど曖昧な感覚だ。
 ふと耳を澄ませても、雨音は聞こえない。止んでしまったようだ。
 好きな音だったのに残念だと思いながら、ゆっくりと潜っていた布団から這いだす。
 どれほど眠りを貪っていたのか、身体の軋みが教えてくれた。しかし熱が出た時の重苦しさが無いのは有難い事だ。
 すっかり寝癖の突いた綺麗な金の御髪はくすみもなく、まだ寝ぼけている碧玉の瞳は部屋を見渡す。
 家族として迎え入れてくれた人達の見舞い品が、殺風景だった自分の部屋を満たすその光景に、カカロットは涙腺が緩む思いをした。
 心配を掛けてしまって怒っていないだろうかとも思ったが、そんな性格ではないということくらいは、付き合いも長くなっていた事にカカロットは驚いていた。最初は戸惑うばかりで警戒していたのに、何も知らない自分を何も聞かずに置いてくれた悟空達に、嬉しくて笑みが止まらなかった。

 どれくらいベッドに腰掛けていただろうか。数日間の睡眠に堪えたのかカカロットの腹が限界だと言わんばかりに、獣の唸り声の如く鳴りだした。それはもう叫んで転がりまわりたいくらいの空腹感だ。
 そんな時だ、外から賑やかな声が響いてきたのは。弱った脚を振るい立たせ、扉へと近づく。
 賑やかな声は扉の向こう側ではなく更にその先の、外から皆の声が聞こえた。
そして自分の嗅覚と空腹を激しく擽る香りに、カカロットは迷わずドアを開く。
 裸足に床の冷たさや真冬の肌寒さの辛さは、目覚めの嬉しさには勝てない。苦しかった熱は下がって清々しい。身体は軽やかでまだ心は少しだけ軋むが、受け入れて目覚めを促してくれた優しい手が嬉しかったのだ。それと同時に芳しい香りが誘う様にカカロットを導く。

 リビングを抜け、出入り口のドアを押し開く。
目の前に飛び込んできた光景に、カカロットは驚きに言葉を失う。雨が止んだ夜空の下で、賑やかな声がカカロットの眠気を完全に吹き飛ばす。悟空と仲間達が、此方に背を向けてテーブルを囲んでいるのが目に入る。

「お、やっと目ぇ覚めたか!」

 先に気付いたのはクリリンだった。皆テーブルを着飾るのに夢中で、クリリンの言葉に皆も遅れて振り向いた。皆がカカロットの名を呼び、彼を囲むように集まる。
 体調を気遣う笑顔や、寝坊助とからかって背中を叩く笑顔を向けられ、カカロットは恥ずかしそうに笑みを返す事しか出来なかった。
 笑い合っている中で、カカロットは皆が先程まで囲んでいたテーブルが気になり始めた。カカロットの不思議そうな視線に悟飯は気付く。

「全部、貴方の為に集めたんですよ」
「集めたって何…」

 そこでようやく、カカロットはどうして部屋から出てきたのか理解出来た。
四日分の空腹を刺激する香りの正体が、皆の先にあった。

 広いテーブルの上に広がるのは、目にも鮮やかな料理達だ。
果実油で揚げた季節野菜で盛りつけた焼き魚、鶏肉を蒸し香辛料を混ぜたトマトピューレ煮パイ包み、チーズフォンデュやチョコレートフォンデュ、赤く蒸した海老とシーフードのクリームソースパスタ、椎茸と木の実のガーリックパスタ、アボガドとマグロの生春巻き、生ハムとサーモンを輪切り玉葱と若布に混ぜたカルパッチョ、奥には神龍を象った氷像の周りを様々なアイスが囲んでいて、更に隣にはフルーツパイやタルト、大きなケーキが、数え切れないほどの料理が所狭しと並んでいた。
 カカロットは、その料理には見覚えがあり驚いた。

「皆で、世界中から集めてきたんです」
「俺が、全部食べてきたものか?」

 カカロットは今まで世界中を見て回って、各地で食べてきた料理を全部覚えていた。その場所での気候や文化、料理を作ってくれた人々の笑顔も勿論記憶している。

「カカロットさんはいつも遠慮してますけど、皆で食べる方がもっと楽しい筈ですよ」

 まるで見ていた夢を見透かしている様な悟飯の言葉に、カカロットはドキリとする。
 どう言えばいいか分からず立ち尽くしていれば、タ―レス達からカカロットに負けず劣らず盛大な腹の音が鳴り響いた。カカロットが起きて来るまで律儀に待っていてくれたのだろう、必死な視線をこちらに向けて来る。


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