スープ一杯分の孤独とスープ二杯目の温もりA
慌てて部屋へ行けば、バーダックとタ―レスがカカロットの顔を覗きこんでいて、それに習って悟空とチチも彼の顔を覗きこめば、確かに泣いていた。目は閉じているが、眉をハの字にして涙を流している。僅かに唇を噛み締めて、嗚咽を我慢しているようだ。 聞けば、三人が来た時に起きた様で顔を見た途端、泣いたのだそうだ。 タ―レスが泣かしたんだろうと悟空が咎めようとしたが、何もやっていないと頭を振った。 ああだこうだと悟空達が言っていると、ずっと黙ってカカロットの顔を見ていたチチが言葉を零した。
「悟天ちゃんとおんなじ泣き方だなぁ」
あれまぁ、と呟くチチの言葉に四人は呆気にとられると、レモンの香りのするチチの指がカカロットの頬に触れて、涙を拭う。 どういうことだと悟空が問えば、チチは悟天が幼い頃におたふく風邪を患った時の事を話した。 普段の風邪なら薬を飲んで一晩ぐっすり眠れば治るのだが、二日も熱が続いて悟天は余程不安を抱いたのか、唇を噛み締めて悲しそうに泣いたのだと言う。 「僕、治らずに死んじゃうの?」と堪らず母に零したのだ。
愛おしい我が子を見る様な眼差しで、チチはカカロットの額に張り付いていた髪を払ってやる。それでもホロホロと涙を流すばかりで泣き止んではくれなかった。 どうすれば泣き止んでくれるのかと悩んでいれば、訪問者を知らせるベルがホロロンと鳴り響く。 気配を探り誰が来たのかを悟空が知ると、バーダック達と顔を見合わせる。 今日の訪問者はバーダック達だけの筈だ。 外は生憎曇り空だった。まだ冬が旅をする気も無く冷気は止まり冷たい小雨が降る外で扉が開くのを待っていたのは、濃緑色のローブを羽織ったデンデと、その後ろには悟飯がいた。
「こんばんわ。悟空さん、チチさん、皆さん」
できれば、暖かい飲み物を頂けませんか?とうら若い神が尋ねれば、悟空は快くデンデを歓迎した。 デンデを呼んだのは悟飯だった。四日も目覚めないカカロットを心配したのだろう。とても有難かった。 今日は客が多いだな、とのんびり応えたのはチチだけで、ブランデーが入ったホットレモンティーが五つ、ホットココアがひとつ、柚子をひとつまみ入れた湯をひとつをテーブルに揃え、デンデは自分が何をするべきかを悟空達に話した。
くらりくらりと、色取り取りの景色が回ると同時にカカロットの思考もくらりくらりと揺れる。 カカロットの短い睫毛から零れた涙が宙を舞い、光りに反射して淡く輝く水底を照らすような場所で、カカロットは膝を抱えて眠っていた。 カカロットの眠りを守っているのは、見舞客が彼の為に贈った手土産だった。それらに囲まれ、鼻先を擽る甘い香りと暖かさにカカロットはもっと深い眠りへと落ちてしまいそうになる。 それでも深い眠りから目覚めてしまうのは、閉じた瞼に触れる優しい風と雨の音、そして自分を呼ぶ暖かい声に呼ばれたからだった。 苦しい熱が思考の邪魔をして、愛おしい者達の声と顔が、過去と現在の記憶が脳裏を駆け巡るどころか停滞してグルグル回っていた。 過去の同胞達と、今の居場所で出会った人々の顔と記憶が混乱する。 だから先程呼ばれた時に目を開けたら、かつての同胞達が現れたと勘違いして思わずカカロットは泣いてしまった。
(嗚呼、違うのに、俺が知る皆じゃないのに…) 優しい少女が寂しくない様にと置いて行ってくれた大きな熊のぬいぐるみに抱きついて、カカロットは涙の滴を溢れさせた。
(俺の世界は崩壊してしまった。皆も死んでしまった。だから逃げたんだ)
ひとりぼっちが怖かったから
一人寝も食事もすべて虚無感に耐えられなかった。やっと手に入れた楽しさや暖かさを手放したくなかった。 だからバチがあたったのかとカカロットは不安が大きくなった。起きるのが怖くて、目が覚めたら元居た場所に戻っていて、また孤独を彷徨うのかと。
(俺を恨んでくれてもいい、だけど、忘れた事なんてなかった)
かつての仲間達の名前を呟きながら、カカロットの涙はやがて遠くまで浮上し、泡となって消えていった。 ごめん、と小さく呟くと同時にカカロットは悟空達の事を思い出す。 奇跡の様な第二の人生は、本物なのだ。それは悟空達の優しさや触れて来る暖かさが証明してくれた。徹夜して遊び回った事もあった。
それでも不安が迫るのは、自分が過去の辛さを忘れてしまうんじゃないのかという事だ。 その痛みがカカロットの心をチクリと針の様に射してくる。 そしてその痛みを、悟空達が癒してくれる。
(ごめんな、)
返してくれるかつての仲間達の声は無い。 それでも安心する様な暖かさを感じたのは、この世界に来れた事への感謝は嘘ではないとカカロットは信じた。
カカロットの手を握っていたデンデが、ゆっくりと目を開けた。カカロットの水底にある思いに触れたのか、デンデは慈愛の笑みを浮かべてカカロットの手の甲を優しく撫でた。
「どうだった?デンデ」
デンデの成り行きを皆が見守っていた。いつも騒がしいタ―レス達ですら口を噤んでいるのだ、余程心配なのだろう。 カカロットが眠るベッドを取り囲む土産達や悟空達を見渡し、にっこりと微笑んでデンデは軽く頷いた。
「どうやら、カカロットさんは不安がっているようですよ」 「ずっと無理させちまったからか?」
思えば、仲間達はそういう性格だとデンデは改めて思った。悟空の垢抜けて差別をしない性格に感化されたのか、仲間達はどんな人間でも受け入れるタイプだ。 悟空が捨て犬でも拾って来たような感覚で、状況を掴めていないカカロットを連れて帰って来た時も大袈裟に驚いたりもせず、何も知らない彼を様々な場所へ連れまわす事が多かった。
「いいえ、むしろ彼はとても楽しんでいましたよ。楽しすぎて休む事を忘れていたんでしょうね。過去に辛い事があった反動でしょう」
カカロットとデンデの意図が読めたのか、寂しくらいに空気がシンと静まる。雨音が響くくらいだ。
「きっと、今まで体験した楽しい事は夢なんじゃないかって思っているんです」 「だから、病気になったのか?」
悟空が不安げに問いかければデンデはそれは違います、と首を横に振った。
「無理をされたんでしょう。遊ぶ事に全力で」
なにをするにも目を輝かせて、カカロットは悟空の後を子供の様に追いかけて世界中を何度も一周した。 自然の美しさに、人の文化の色鮮やかさに、仲間の暖かさに。 バーダック達と出会った時は号泣していたけれど、それも関係しているのだろうなと今更に思い出す。 特にカカロットは地球の食べ物が大好きだった。ブルマから発明品の実験台になる代わりに報酬を貰い、世界中の国々を回って食べ歩いたくらいだ。 時折、寂しさを紛らわせようと沈む太陽を眺めながら。
「馬鹿だな、おめぇ」
カカロットの金色の御髪を撫でまわしながら、悟空は困ったような笑顔を浮かべた。 もう寂しい事なんてないのに、勝手に勘違いして思い込んで熱を出すなど女々しいにも程がある。お前を孤独にさせる者などこの中には居ないのに。
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