スープ一杯分の孤独とスープ二杯目の温もり@


ゆるりゆるりと、思考は揺れて掻き混ぜられて。

 窓に当たる大粒の雨の音。寒い部屋を暖める、炭が爆ぜる火鉢の音が雨音と重なり何処か耳に心地良い。
 泥に浸かっている様な深い眠りから、意識が浮上する。
 額に冷たい指が触れてきたからだ。重い瞼を押し上げて濁った視界に僅かに映ったのは見慣れた顔。

「起きたか?」

 柔らかな問い掛けと共に相手が微笑んだ気配がしたが、瞼も思考も重すぎて唇は開いたが言葉が出なかった。
 喉が痛かった。柔らかな布団に包まれている身体も軋んで重くて辛くて、それを察した相手は額に張り付いた髪を払ってくれた。
 申し訳なく思いつつ項垂れた金の御髪は枕に散らばり、熱に浮かされた碧玉の瞳は瞼に隠れてゆく。すぐに深い睡魔が襲ってくる。

「悟空さ、どうだか?」

 部屋の入口から此方を窺い見て来るチチに、悟空はベッドに臥せっている彼の顔を覗きこみながら肩を竦める。

「また眠っちまった」

 傍に落ちていた濡れタオルを青白い額の上に戻す。浅く呼吸を繰り返す彼の苦しそうな表情を眺め終えて、部屋を後にする。
 廊下で待っていたチチの両手にある盆の上には、柔らかな湯気が立つ粥があった。部屋で眠る彼の為に作ったのか喉に負担がない様に粥にしては水気が多く、悟空の鼻腔を擽るのは鰹節の露入りとき卵とその上に乗る色鮮やかな梅紫蘇が食欲をそそる。
 役目を果たせなかった粥を悟空に渡しながら、ベッドに伏せてしまってから殆ど食べ物を口にしていない彼にチチは心配げな溜息をついた。


 カカロットが熱を出した。
 彼が悟空の世界に来てから初めてのことだった。午後から突然、具合が悪くなり始め熱を出したのだ。
 寝不足だと悩んでいた矢先の事だったので、その前兆だったのだろう。
 カカロットが熱を出して三日目。高かった熱は昨日で安定化したけれど、それから一向に下がらなかった。
 発熱して以来、ほとんどカカロットは何も口にしていない。それなのに彼は深く眠りにつくばかりで、こうして定期的にカカロットに与えた部屋に悟空達が見に行っても、時々目を開けては此方の顔を確認してまた眠ってしまうのだ。
 それを悟空とチチがブルマに相談していたのをべジータが聞いたが、彼はあり得ないと言った。

「伝染病ましてやたかが風邪で、サイヤ人の生命力は地球人よりも高いのだ。ちょっとやそっとじゃ重い病なんぞ患わない」

 確かに悟空の心臓病を除けば、サイヤ人とその子供達は滅多にというか病気をした所をほとんど見た事がない。
 しかし現にカカロットが目覚めてくれない。彼の実力は悟空と同等ではないがかなり強いはずなのだが。
 ブルマが何か薬を調合しましょうかと提案すれば、逆にべジータは自力でどうにかさせろと冷たく否定してしまった。

「下手に身体に入れる薬など不要だ。なんの為の強靭な肉体と生命力だ。ただの風邪なら大事ない」

 そう言い捨ててべジータはトレーニングルームへと戻って行ってしまった。
 心配じゃないのと怒るブルマに、悟空は何となくべジータの言葉に納得しており、チチも今日の彼の食事を考えていて、ブルマは呆れ返った。

「まぁ、おたふくみたいなもんだべ」

 大人が引くと辛いからなとチチが結論付けた。
 次元は違えど悟空と同一人物であるが、住んでいた環境がまるで違うのだ。きっと思っても見なかったストレスを感じてしまったのだろう。

 最初に見舞いに来たのは悟天とトランクスだった。二人では抱えきれない膨大な見舞い品に悟空とチチは驚いたものだ。
 メッセージカードに栄養ドリンク、様々な滋養グッズや大量のお菓子は瞬く間にカカロットの殺伐とした部屋を埋めつくした。
 以前、悟天とトランクスが通う学校へ悟空がカカロット遊びに行った時、気まぐれに生徒達の部活に乱入してしまったのをきっかけに、生徒達にいたく気に入られ、度々顔を出しては練習相手に重宝されていた。なにせ、一人で三十近くの様々なスポーツクラブの部員を相手にしたくらいだ。
カカロットの事を知る生徒達は挙って見舞い品を用意してくれたのだ。

 昨日は息子夫婦とミスターサタンが見舞いに来てくれた。
 ミスターサタンとビーデルは体調が悪い時に飲むと効果がると、自家製の生姜蜂蜜湯を持ってきてくれた。見舞いにこれなかった女給士達からは手作りのクッキーやお菓子が綺麗にラッピングされてやってきた。
 カカロットはずっと眠り続けており、そんな彼を一番に心配していたのはパンだった。カカロットの事が大好きな可愛い少女は大事にしているぬいぐるみを傍に置くと、カカロットの手を握った。

「パンのお友達を連れてきたの。これで寂しくないよね」

 心優しい娘にカカロットは目覚めてはくれなかったけれど、応える様にパンの手を握った彼の意識に家族は安堵した。
 熱は高くも無く、時々こちらを窺う程度に目を開けては、声を掛けるとまた眠りについてしまう。だからといって無理に起こすのも出来ず、ただ悟空達は自然に彼が目覚めるのを待つしかなかった。

 四日目の昼前はクリリン夫妻とヤムチャ達が見舞いに来てくれて、カカロットの顔色を見て心配しながらも静かに見守ると言ってくれた。
 ヤムチャは見舞い品に新鮮な蜜柑や桃、18号からはジャスミンとカモミールのハーブティ、それと鶏肉ともち米を煮込んだスープを頂いた。塩とレモンだけの簡単な味付けだが、飲みやすいその香りと暖かさに安心できるものだ。

「カカロットさんは夢を見ているのかな」

 心が安らぐようにと花を持ってきてくれたプーアルは、宙を浮遊しながらカカロットの顔色を窺う。
 微表情だが病気の苦しさの他に顔色を変えるカカロットに、プーアルは疑問を抱いた。

「あんまり楽しそうな夢じゃないのかな」

 ウーロンと顔を見合せながら、二人は悟空に問いかけた。
時折、起きている事は聞いていた。何か言いたげに口を開くけれど、直ぐに眠ってしまう事も。

「起こして欲しいんじゃないのかな」
「どうしてそう思うんだ?」
「ほら、病気の時は不安だから」

 そう言われてしまえば、カカロットが起きる前は傍に寄ったり体温を計る為にカカロットに触れる。それで起きてしまっていたとしたら、そのまま語りかけて居た方が良かったのかもしれない。
 けれど、悟空やチチが懸命に声を掛けてもカカロットは長い時間起きている事は無かった。無理をさせる事も出来ず結局はまた彼は眠りについてしまった。

 そんな矢先、夕方に差し掛かった頃に騒がしい見舞客が訪れた。いつも不機嫌顔なバーダックと、女性陣には愛嬌の良いタ―レス、とカカロットを心配しつつ二人に連れだされたラディッツだった。
 バーダックはいつもの様に定期的に遊びで訪れるパチンコの戦利品。タ―レスは何故か見舞い品とは到底思えない健康グッズ。そしてラディッツは趣味の料理を最大限に生かした物を披露した。
 ポタージュリエ(とろみ)状にしたセロリ大根スープ、昆布で出汁をとった南瓜と人参スープにそれともうひとつ、かなり刺激は強いが大蒜を強い酒に漬けたものに氷砂糖や蜂蜜を入れたラディッツ特製の特効酒だ。飲むと身体が暖かくなって発汗作用になり、漬け置きが長ければ長いほど美味で甘くまろやかになるそうだ。寒い季節の風邪にはもってこいの代物だ。
 大きめの水筒で三つに分けて持ってきたのは、おそらく居候しているブルマ宅でべジータやバーダック達に殆ど味見と称されて飲まれたのだろう。また作り直しだと涙ぐんでいる。
 あまり騒いでくれるなと念を押して三人が部屋へ行くのを見送り、彼らにブランデーが入ったホットティーをレモン添えで作ってやろうと準備していたら、カカロットの部屋に行っていた筈のラディッツが血相変えて戻ってきた。

「カカロットが起きたと思ったら、泣きだしたんだ」
「なんだって?」


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